会長挨拶

2023年9月
東京大学大学院理学系研究科
地球惑星科学専攻
高橋 嘉夫

日本地球化学会の2023-2024年度の会長を仰せつかり、身の引き締まる想いです。選挙前にご推薦を受けた際、多忙かつ力不足もあるため迷いもしましたが、大好きな地球化学会に恩返しをするよい機会だと感じ、推薦をお受けしました。選挙時の所信に書かせて頂いたことと重なる部分が多いですが、現在考えていることをこの場を借りてお伝えしたいと思います。

本会は1953年に発足した地球化学研究会を母体に1963年に日本地球化学会となり、2017年に法人化し一般社団法人日本地球化学会となりました。この70年間、多くの先達たちの熱い議論の中で、本会は地球惑星科学と化学にまたがる研究分野を担う学会として大きく発展してきました(一例として1972~1973年に発行された地化将委新聞を是非お読みください(http://www-gbs.eps.s.u-tokyo.ac.jp/~environ/ChibakeShinbun.pdf))。また法人化以降、移行期の諸問題の解決、コロナ対応、欧文誌GJの改革、顕彰制度の充実などを進めてきて下さったこれまでの執行部の皆様のご努力にも敬意を表します。これらの発展の原動力は、皆さんの地球化学が好きだという熱意と、地球化学を共に議論する仲間との出会いへの渇望、であったと思います。コロナ禍が収束しつつある現在、学会の役割はこうした原点に返って、地球化学を楽しみ、仲間と活発に議論できる場を提供することだと考えます。私自身学生時代は、化学科の放射化学講座に所属し地球化学の中心にはおらず、「自分が考える地球化学」を一緒に議論をして下さる人を探すために、毎年地球化学会年会に通っていました。一方でJpGUほどの規模となると、気軽に仲間を見つけることは難しいかもしれません。そういう意味で、今後とも地球化学会が多様性と今ぐらいのサイズを保って、地球化学のことが好きでたまらない人達が集う場になれば、と願っています。

これらのことを踏まえて、会長として考えたことをいくつか書かせて頂きます。何かをやろうとすれば、どうしても関わって下さる方々の負担が増えてしまうのが心苦しいです。しかし、本会が学会として効果的に機能し、先端研究の推進・若手人材の育成・他分野との連携に寄与し、世界的に存在感のあるアカデミア形成に貢献するには、理事・幹事をはじめとする会員の皆様のご協力がどうしても必要になります。この変革の時代、あるいは日本の研究力低下が顕著になってきた時代、に生きている人間の責務として、粘り強く先端研究へ挑戦し、その中で若手人材を育成し、次代の再浮上につなげていく必要があります。具体的には、出会いの場・議論の場を作り、そこで切磋琢磨することで科学レベルの向上や若手人材の育成を図り、それが最終的には会員のメリット増加や会員増につながると考えます。これらを効果的に進めるために、以下の取組みを進めたいと考えています。

  1. 若手研究人材の育成
     これには博士課程学生の増加が必須であり、そのためにはキャリアパスの確保や多様化による博士進学率の上昇が必要です。このために、地球化学の面白さアピールすること、若手人材の見える化、博士課程学生を採用する企業等との連携、などを進めたいと考えています。
     これらを進める上で、年会は最重要な場です。通常セッションは3~4会場にわかれなければなりませんが、地球化学の面白さを語るシングルセッションの時間帯(中日午後?受賞講演の前に1時間ぐらいそのような時間を設ける)を作ってはどうかと考えています。また、若手同士が知り合う場を作るため、2023年の年会でも実施した年会初日の若手ランチミーティングを開催し、自己紹介・ラボ紹介を行いたいと考えています。
     また、1年で一番時間に余裕があるのが2-3月なので、若手(学生さん、PDさん、任期付き研究員の皆さん)を中心とする気軽な新生「地球化学若手の会」を開催したいと思います。そこでは、これら若手の方の発表に加えて、理事などシニアクラスの方々に「地球化学の面白さ」をアピールする招待講演をお願いする他、博士人材の採用を進める企業の方の発表や、ダイバーシティ関連の懇談会なども開催できればと考えています。その際、(何らかの資金を調達して)地方から来られる方の旅費のサポートも出したいと思います。この若手の会については、2024年2月開催分は理事会がリードして行いたいと思いますが、それ以降は、会場の確保等ではシニアがサポートしつつも、若手主導で継続されるよう若手会員に促していきたいと思います。
  2. 他分野との連携
     他分野との連携を進めるために、JpGU・年会において、これまで以上に連携を推進することを考えています。特にJpGU「地球化学の最前線」セッションは、他分野への地球化学のアピールの場として重要と考えています。コンビーナの先生方と相談をして、学会外の方の招待講演に加えて、シニアクラスの会員に「地球化学の面白さ」や「新しい地球化学的手法」をアピールする依頼講演をお願いし、他分野の方も巻き込んだ交流の場にできればと思います。また、年会においては、工学・農学分野も含めた関連学会の参入を促し、異分野連携を促進できればと考えています。
  3. 常に世界に挑戦する態勢の構築
     学会の顔であり、地球化学関連研究の重要な発表の場であるGeochemical Journal (GJ)をさらに発展させていきたいと思います。鈴木勝彦編集長をはじめとした関係者の献身的なご努力により、GJは生まれ変わりました。オープンアクセスとなり、掲載された論文は世界の誰もが読める状態になっています。私の経験では、いい論文は多少時間がかかっても、ジワジワと引用されます。またGJは分野的にも非常に間口の広い雑誌です。是非ともこのGJを我々の研究の発信の場として利用しましょう。自分の例で申し訳ありませんが、私のGJ共著論文はこれまで20件 、うち2件は100回以上の被引用数でその総被引用数は737件あり、結構良く引用して頂いております。是非、GJをプラットフォームにして、オリジナリティのある研究を世界に発信していきましょう。
     また、国際会議Goldschmidtについては、米国地球化学会(Geochemical Society)との議論を進め、日本開催が可能な条件が整えば、開催に前向きに取り組むべきと考えます。この件はこれまでも色々な議論がありましたが、もし日本開催となれば、サイエンスの議論を中心に据えた会議とすることで、LOCの負担軽減を図りたいと思います。またGoldschmidt開催国に相応しい取組みとして、毎年のGoldschmidt国際会議へ本会員が積極的にコミット(セッション提案など)することを奨励したいと思います。さらに年会においては、コロナ禍で中断していた海外のMOU締結学会との共同セッションの開催を進めることが重要と考えます。
     これらの取組みが、世界との距離を縮め、会員の世界レベルでの研究発信に寄与すればと思います。
  4. 1~3に加えて、学会の基盤構築・強化のために以下の取組みが必要と考えており、担当幹事・理事の皆様と協力して、これらの課題に取り組んでいきたいと思います。
    i) ポストコロナでの年会運営方法の確立
    (ii) 和文誌「地球化学」の投稿論文減少に伴う改革
    (iii) 学会HPの刷新(適材適所で作業をし、過度の負担がかかり過ぎないように)
    (iv) 財政健全化(賛助会員規程改訂と賛助会員増加、年会での収益増、HP刷新、会員増)
    (v) 地球化学会の将来像とそれに向けた取組みのまとめとしての学会の白書第1版作成
     これらの活動を進める上で、本会の各委員会の活動は非常に重要であり、関係する皆様には一定のご負担が生じてしまうと思いますが、そうした活動を通じて形成される人と人のつながりは各人の財産になりますし、こうした機会は学術界における学会の役割や潜在性について学び、より広い視野を持つ良い機会にもなります。是非、会員の中でこうした活動にご関心がある方には、各種委員会(将来計画、国際対応、広報など)にご参画頂き、その運営にご協力頂ければと思います。一方で、負担軽減のため可能な限り効率化を進めたいと考えており、既に幹事会・理事会内での日常的な意思疎通を図り、会議時間短縮などを達成するため、Slackを活用した両会の運営を行っています。

 さて、翻って世界情勢、世界の中の日本、日本の学術分野・高等教育の現状をみると、戦争・紛争の激化と難民問題、気候変動・エネルギー・資源・環境・食糧問題、日本の経済力や研究力低下、今後一層厳しくなる少子化問題・人手不足など、国内外に極めて重要かつ深刻な問題が山積しており、貧しても鈍することなく、高い理想を持って粘り強く対応していく必要があります。少し大仰に聞こえるかもしれませんが、先の大戦では、資源のない日本がブロック経済により孤立したことが大きな原因になりました。科学技術の振興や国際交流が、実際的な功利のみならず、理性のある世界や日本を維持し平和を保つことにも貢献することを願いますし、そのためにも、今後とも誇りを持てるアカデミアを築いていかなければと思います。地球化学は、はやぶさプロジェクトような「夢」の創造と、気候・資源・環境・災害問題など「安全・安心」に関わる諸問題、の両方に関わる21世紀に重要なコンテンツを多く持っています。そしてその2つの分野のいずれにおいても、元素の性質(ミクロ)と物質循環(マクロ)を繋げるという地球化学の面白さは、常に核となって存在します。
 息の詰まることを書いてしまいましたが、まずは我々自身がこうした地球化学研究を楽しみ、その成果を積極的に発信することで、我々のアカデミアの発展や次世代の育成を粘り強く進めていきましょう。どんなに高い山も、一歩一歩歩んでいけば、必ずその頂きに到達できます。着実に、でも楽しみつつ、皆さんそれぞれの頂きに登っていきましょう。その過程で、本会が皆さんの相互協力や切磋琢磨の場となり、諸問題に対応する上で有効に機能することを願います。どうぞよろしくお願い致します。