▼ 橋爪光会員の研究成果がGeochimica et Cosmochimica Actaにて発表されています

Two oxygen isotopic components with extra-selenial origins observed among lunar metallic grains - In search for the solar wind component.
Ko Hashizume and Marc Chaussidon
Geochimica et Cosmochimica Acta
Volume 73, 3038-3054
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内容紹介:
 「月表土中金属粒子において見られた2種類の月外起源酸素同位体成分 - 太陽風組成の探求」

 月表面には隕石・彗星等の惑星物質が降り注ぎ、また、太陽風が照射されており、月表土はさながら太陽・惑星の様子を映し出す太陽系物質の「窓」と捉えることができます。しかも、月は火成活動を終えた天体であるためその表面が更新されることがない、つまり、月表土を通じて現在のみならず過去の太陽・惑星系の様子をも知ることができます。月表土に記録された月外物質(特に太陽風の)読み取りの試みはアポロ計画によるサンプルリターン以来30年余りにわたり行われてきました。しかし、「窓」の正確な把握はごく近年の微視的研究手法の確立を経てようやく可能となりました。

 本研究では月に降り注ぐ様々な「月外成分」の酸素同位体組成を明らかにするために進められました。すべての地球型惑星(水星・金星・地球・火星・小惑星など)の最も重要な構成物質は酸素化合物(岩石)です。また、地球表面において最も重要な役割を担う分子、水も酸素を主要構成元素とします。すなわち、地球型惑星は、酸素を中心に構成されていると言い表すことが出来ます。この惑星酸素の起源を明らかにすることにより、われらの地球がどのような材料から出来、また、その材料物質が45.7億年前の太陽系においてどうやって作られたのかを理解したい、という大目標の下、本研究はその基礎となる重要な同位体成分の解読を使命の一つとして持ちます。その組成は太陽風組成です。太陽風は太陽表層から吹き出るプラズマです。太陽表層は太陽内部とは違い核反応にあずかるほど高温ではなく、また、これまで内部と混合する事がなかったと考えられています。つまり、太陽表層大気は原始太陽系星雲と同じ同位体組成を持つと考えられています。原始太陽系星雲、すなわち、太陽系惑星物質ほぼ全ての究極の材料、の組成を求め、これと、そこからの生成物である様々な惑星物質の組成を比較することにより、目標に迫りたいと考えています。月表土にはごくわずかながら金属微粒子が存在しますので、その表面に打ち込まれた太陽風の酸素同位体組成を求めれば我々の使命が達成可能です。

 しかし、サイエンスの神様(仏様?)はいじわるをします。冒頭で書きましたが、月表面に降り注ぐのは何も太陽風だけではありません。彗星だって隕石だって降り注ぐのです。地球大気が月へ運ばれるという人だっています。図1は月表土中から回収した微粒子の電顕写真です。表面に幾つものクレータのようなものが見えます。クレータの正確な起源はわかりません、また、本論文では全く議論されていません。しかし、私たちは、この写真は、月面に太陽風以外にも様々な惑星物質が降着していることを如実に物語っているのではないかと考えています。月の金属粒子をぱっと分析し、太陽風分析が、はい完成(本当は分析するだけでも、そう簡単ではないのですが)、という訳にはいかないのです… いえ、いきませんでした。本研究に深く関連する重要な先行論文が2つあります。それらは Hashizume & Chaussidon (Nature 434, 619-622 (2005), doi: 10.1038/nature03432)、と、Ireland et al. (Nature 440, 776-778 (2006), doi:10.1038/nature04611) です。2つの論文とも、太陽風希ガスを多く含む月表土試料から金属微粒子を探し出し、SIMSで同位体分析を行いました。そして、Hashizume & Chaussidon (2005) は地球組成に比べて16Oに富む組成を、Ireland et al. (2006) は逆に17,18Oに富む組成を検出し、両者とも自分の観測した成分が太陽組成である、と主張し譲りませんでした。これでは埒があかないので、落ち着いてもう一度分析してみましょう、という訳で進められたのが本研究です。

 本論文では、分析技術、および、そのパフォーマンスの開示を主眼の一つに置きました。どの程度まともな(あるいは、怪しげな)分析をしているのかを皆さんに詳しく知っていただこう、というわけです。(普段から精密な分析を心がけておられる地球化学会の皆様には、とても「怪しげ」に映るのではないかと思います。しかし、これが、われわれが開発した精一杯の先端技術なのです。)結論として、Hashizume & Chaussidon (2005) の16Oに富む成分、Ireland et al. (2006)の17,18Oに富む成分を両方とも再現することが出来ました。従って、本論文の発する最も重要なメッセージは、タイトル通り、月には、同位体組成が大きく異なる、少なくとも2つの酸素同位体成分が降着している、というものです。月への固体物質の降着は、衝突・破壊・蒸発を伴うかなり乱暴なプロセスだと考えるのが自然です。従って、あまりマイナーな(微小、あるいは、希薄な)同位体成分は降着時に生き残れないのではないかと考えられます。従って上記のメッセージは、同位体組成(つまり、起源)が全く異なるメジャーな酸素同位体リザーバが、月・地球組成以外に更に2つ太陽系内に存在することを示唆する、と言い換えることが出来ます。この2つが何と何に対応するのか?確定的な結論は、今後の様々な研究の進展を待ちましょう。おそらくは、分析が進行中のGENESIS探査計画において、太陽風組成について何らかの結論が示されるでしょう。また、将来の彗星物質(Stardust計画で回収されたような彗星中の高温凝縮鉱物ではなく、氷・有機物のような彗星の主体を成す物質)の探査も楽しみです。本論文やIreland et al (2006) で見られた17,18Oに富む成分は、地球・火星・隕石においては大変希なものです。我々が知る岩石状の惑星物質で同じような全岩値を示すものはありません。この観測事実は、岩石状惑星物質以外の重要かつ異質な惑星酸素リザーバの存在を示唆しているのかもしれません。本論文でも憶測していますが、ひょっとしたら、これは月に降り注ぐ彗星の痕跡なのかもしれません。

 まとめますと、本論文は、月に降着する太陽風の酸素同位体組成の探求に関する2つの先行論文が対立する状況の解決に取り組み、両者のデータを再現することにまず成功し、また、解決に向けて糸口となり得るデータを提供しています。是非ご覧いただき、機会があれば皆様の論文でも引用していただければ幸いです。

図1. 酸素同位体分析に用いられた月表土試料の一つ(Apollo 17, 79035)中に見られた金属微粒子(画面中央の明るい色の粒子)。表面に無数のクレータが見られる。画面の高さが30 um。