▼ 町田嗣樹会員、平野直人会員、木村純一会員の研究成果がGeochimica et Cosmochimica Actaにて公表されました

Evidence for recycled plate material in Pacific upper mantle unrelated to plumes Shiki Machida, Naoto Hirano and Jun-Ichi Kimura
Geochimica et Cosmochimica Acta
Volume 73, Issue 10, 15 May 2009, Pages 3028-3037
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内容紹介:
 「火山ガス放出と塩化物分配の実験的研究の間の連環の欠落について」

 日本海溝海側斜面および北西太平洋の古い太平洋プレート上に、プチスポットと呼ばれる新しいタイプの若い火山が見つかりました(Hirano et al., 2006, Science, vol. 313, 1426-1428)。Hirano et al.(2006)が示すように、プチスポットマグマは、(1)浅いマントルを起源として(希ガス同位体組成が中央海嶺玄武岩に類似)、(2)極めて小規模な火山体を形成し、(3)異なる時代に非常に広範囲で活動しています。以上の事実は、活動的なマントルプルームでは説明ができません。プチスポットの成因については、アウターライズ手前で太平洋プレートが上方に屈曲し始めることで割れ目を生じ、アセノスフェアの溶融体が地表まで運ばれ、火山として噴出したとする説が提唱されています(Hirano et al., 2006)。プチスポットの発見が固体地球科学に与えた最も重要なインパクトは、今まで我々が直接見ることのできなかった北西太平洋海域下の、活動的なマントルプルームに関連しない(ノーマルな)マントルの特徴を理解するためのユニークな窓であるということです。そこで著者らは、プチスポット火山から得られた玄武岩のSr、Nd、Pb同位体組成を求め、マグマの成因、起源マントルの特徴、固体地球進化における意義を考察しました。

 冒頭でご紹介したように、プチスポットのアルカリ玄武岩の希ガス同位体組成は中央海嶺玄武岩に類似していますので、私達は当初、マグマは枯渇したマントルかんらん岩の融解によって生じたことを信じて疑いませんでした。Sr、Nd、Pb同位体組成も、おそらく太平洋中央海嶺玄武岩のものと同じような値になるのだろうと思っていました。しかし、測定して得られた結果は我々の予想もしなかったもので、Dupal異常と呼ばれる南半球(インド洋や大西洋)の中央海嶺玄武岩や海洋島玄武岩と同様のSr、Nd、Pb同位体組成を示し、EM-1マントル端成分(Enriched Mantle 1)の組成に極めて近いという驚くべきものでした。特に、中央海嶺沿いで最も強烈なDupal異常が認められる場所(40°E, 43.4°Sの南西インド洋海嶺および10°-14°W, 46°-49°Eの大西洋中央海嶺)に産する玄武岩の同位体組成に似ています。これは、太平洋型マントルにもリサイクルされたプレート物質による不均質性が存在することの証拠であり、今まで南半球に固有の同位体異常であるとされていたDupal異常が、北半球で、しかもマントルプルームの影響のないノーマルなマントルで初めて特定されました。

 プチスポット火成活動がリサイクル物質(EM-1)の溶融によって生じたことは明らかですが、枯渇中央海嶺玄武岩マントル(Depleted Mid-ocean ridge basalt Mantle: DMM)に支配された太平洋型上部マントル中に存在するEM-1成分(またはインド洋型マントル成分)を、我々はどの様に説明すればよいのでしょうか? そこで本論文では、過去の沈み込んだ海洋プレート、または、デラミネーションや熱削剥によって分離した大陸プレートに由来するリサイクル物質が、小さな塊として太平洋の上部マントルに普遍的に存在しているとするモデルを提案しました。プチスポット火山の玄武岩の重希土類元素組成は、マグマが高圧で生成されたことを示します。このような条件では、微量元素に富むリサイクル物質(エクロジャイト、輝岩、角閃岩、炭酸塩質かんらん岩)は、周囲の枯渇したマントルかんらん岩に比べ融点が低いために溶けやすいことが実験岩石学的に明らかです。したがって、非常に小規模なリサイクル物質の塊は優先的に溶け、EM-1成分はマグマに選択的に濃集すると考えられます。詳しい内容は論文を読んでいただきたいと思いますが、「小規模リサイクル物質溶融モデル」は、プチスポット火山の地質学的観測に留まらず、一見矛盾した観測結果であるかのように見える溶岩の希ガスと固体元素同位体組成をも、整合的に説明します。

 さらに本論文では、部分溶融度が同程度のマグマ活動であるプチスポットと海洋島の火山体の大きさの違い(後者の方が数桁大きい)に着目し、マグマ量が火山の下に存在するリサイクル物質(起源物質)の規模のプロキシとなることを指摘しました。また、部分溶融度の大きい中央海嶺では、小さなリサイクル物質に由来するマグマが持つ同位体的性質は、大量に生産されるDMM由来のマグマによって希釈されてしまっていると考えました。以上三つの極端な例、すなわちプチスポット、海洋島、および拡大海嶺に対する考察を踏まえて、世界の玄武岩の同位体組成をコンパイルし、上部マントルの不均質性の規模につてまとめると以下のようになります。太平洋では、ポリネシアやガラパゴス、ハワイといった海洋島、またはチリ海嶺や太平洋?南極海嶺のごく一部の様な特殊な場所以外、ほとんどリサイクル物質の影響は見えません。ただし、プチスポットの下のマントルにEM-1成分が存在していることを考えると、太平洋マントルドメイン中のリサイクル物質は広範囲に及んでおり、プチスポットでは小規模、海洋島などでは大規模、チリ海嶺などではおそらく大規模に存在していると考えられます。一方、インド洋、大西洋、さらに北極海では、中央海嶺玄武岩にもリサイクル物質の影響がみられることが多く、大規模な不均質性が存在することを示します。さらに、大西洋には、プチスポットに似た同位体組成の玄武岩が活動した、プルームに関連しない独立した海山(ゴジラ海山と呼ばれる)があることも分かりました。この海山は、プチスポットに比べ明らかに大規模な火山体なので、これも大西洋の上部マントルに大規模な不均質性が存在することを示唆する例です。以上のような不均質なマントルの地理を考えると、それらは、パンゲア超大陸によって一度塞がれた場所の下(たとえばインド洋、大西洋、北極海)またはパンゲア超大陸の周辺部(たとえばフィリピン海など)に位置していることに気が付きます。これらの地域では、海洋プレートの沈み込みや、大陸分裂の際のスーパープルームの上昇、大陸衝突や島弧火成活動によって引き起こされる大陸のデラミネーション、プルームによる大陸の熱削剥によって、大量のリサイクル物質がもたらされています。つまり、いわゆる太平洋型やインド洋型といったマントル組成差は、リサイクル物質の存在量の差として解釈され、地球の上部マントルは、パンゲア超大陸の下や周辺部に位置するリサイクル物質に富むインド洋マントルドメインと、パンゲア大陸の発達から隔離されリサイクル物質が分散してしまった太平洋マントルドメインに区分されることになります。

 プチスポットは、上部マントルを覗くための新しい窓として、非常に重要な情報を提供してくれました。今後、プチスポットを使った上部マントルの地球化学マッピングが進めば、固体地球の循環像の新たな一面が見えてくるかも知れません。