▼ 亀山宗彦会員、谷本浩志会員、角皆潤会員らの成果がAnalytical Chemistryにて公表されました

Sohiko Kameyama, Hiroshi Tanimoto, Satoshi Inomata, Urumu Tsunogai, Atsushi Ooki, Yoko Yokouchi, Shigenobu Takeda, Hajime Obata, and Mitsuo Uematsu, Equilibrator inlet-proton transfer reaction-mass spectrometry (EI-PTR-MS) for sensitive, high-resolution measurement of dimethyl sulfide dissolved in seawater
Anal. Chem., 81(21), 9021-9026, doi: 10.1021/ac901630h, 2009.
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 「平衡器インレット−陽子移動反応−質量分析計による高感度・高分解能な海水中溶存硫化ジメチル測定手法の開発」

 硫化ジメチル(Dimethyl sulfide, DMS)は大気中で酸化されて雲凝結核となる。海洋は大気DMSの主要な放出源であり、植物プランクトン生体内で作られるジメチルスルフォニルプロピオネート(DMSP)がDMSの前駆体物質といわれている。温暖化が進み海洋表層の生物活動が盛んになれば、DMSの生成が増大し海洋から大気への放出量も増す。それに伴い大気中の雲凝結核が増えて雲を作るが、雲は太陽からの供給熱量を減らし温度上昇を抑えるため、DMSは地球温暖化に対し負のフィードバック効果をもたらすといわれている。しかしながら、DMSの生成・消失には様々な生物地球化学過程が関係するため極めて複雑であり、その包括的な理解には至っていない。生成・消失過程の理解は今後の地球環境変化に対する海洋から大気へのDMS放出量の変化の見積もりを行うためにも重要な課題である。

 海水中に溶存するDMSの分析には、一般にガスクロマトグラフ(GC)法が用いられる。GC法では海水中からDMSの抽出や他成分との分離などの前処理を行うため、1データを取得するために1時間程度を要し、海洋表層の生物活動の多様性に対して海水中のDMS分布の時空間的分解能が十分でなかった。この課題に対し、本研究ではバブリング式の気液平衡器と陽子移動反応?質量分析計(Proton Transfer-Reaction Mass Spectrometry, PTR-MS)を組み合わせた溶存DMSの連続定量法(Equilibrator Inlet PTR-MS, EI-PTR-MS)の開発を試みた。PTR-MSは近年大気化学の分野で大気中揮発性有機化合物のオンライン計測に用いられている装置であり、海水中のDMSを気相中に連続的に抽出ができる平衡器と組み合わせることにより溶存DMSの連続測定が可能であると考えたためである。

 本研究ではまず人工海水を用いた室内実験を行うことで、平衡到達度、応答時間、検出下限といったEI-PTR-MSの性能の評価を行った。本研究で開発したガラス製の平衡器内で、抽出されたキャリアガス中のDMSは人工海水中の溶存DMSに対して十分に平衡に達していることがわかった。応答時間は約1分と速く、これは平衡器のヘッドスペースで海水中DMSとキャリアガスが平衡に達していることを示唆している。検出下限は50 pmol L-1と見積もられ、過去の研究で報告された表層海洋水中のDMS濃度範囲(0.04-315.69 nmol L-1, Kettle et al., 1999)に対し十分に低く、外洋における低濃度のDMSでも検出が可能であることがわかった。

 その後、西部北太平洋亜寒帯における研究航海(Subarctic Pacific Experiment for Ecosystem Dynamics Study, SPPEDS)においてEI-PTR-MSの運用を行った。我々は本航海において、1分に1データという高分解能での海洋表層水中の溶存DMS濃度測定に成功し、従来見逃されていたと思われる小さい空間スケールにおけるDMS濃度変動を観測した。DMSの濃度の高い変動性は、本調査海域における海洋表層水中の生物学的な多様性を反映していることが示唆される。従来法であるGC法との比較を行った結果、二つの独立した手法で測定された溶存DMS濃度は概ねよく一致しており、EI-PTR-MSの高い定量性も確認した。EI-PTR-MSが今後さらに多くの海洋観測に用いられることで、海洋表層水中のDMS濃度の時空間的なカバレッジを向上させることが可能となり、DMSの生成・消失過程の解明、さらには将来の気候変動に対する大気へのDMS放出量変化の見積もりにも繋がることが期待できる。