▼ 角皆潤会員等による論文がAtmospheric Chemistry and Physicsにて発表されました

硝酸の三酸素同位体組成を指標に用いた東アジア域における大気から沈着した窒素と森林生態系の相互作用の定量化
○角皆 潤(北大院理) ○小松 大祐(北大院理) ○代田 里子(北大院理) Kazemi, G. A. (北大院理) ○中川 書子(北大院理) 野口 泉(北海道環境科学研究センター) ○張 勁(富山大院理工)(○印は地球化学会の会員)
Atmospheric Chemistry and Physics, 10, 1809-1820.
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角皆 潤会員による内容紹介:
 「硝酸の三酸素同位体組成を指標に用いた東アジア域における大気から沈着した窒素と森林生態系の相互作用の定量化」

【研究背景】
近年東アジア域を中心に大気中への人為的固定態窒素(NOXなど)の放出量が爆発的に増大しており、これがもたらすNO3-沈着量の増大が、森林などの陸上生態系に与える影響について関心が集まっている。陸上生態系は、大気から沈着するNO3-(NO3-atm)の多くを光合成(同化)過程において吸収していると一般に考えられいているが、陸上生態系は多要素からなる複雑系で不均質性が大きい。さらに、有機体窒素から再生したNO3-(NO3-re)に関しては放出源として挙動するため、生態系そのものの局所的観測から、生態系全体の吸収量を定量化したり、生態系毎の吸収量の差異を評価することは難しい。そこで本研究では、NO3-atmだけが自然発生源で唯一0以外の値を示し、かつ一般の反応過程おいて値が変化しない、NO3-の三酸素同位体組成(Δ17O)に着目し、利尻島をフィールドとして、ここで陸上生態系を経由して溶出した地下水中に含まれるNO3-のΔ17O組成を定量化することで、大気から沈着するNO3-と陸上生態系間の相互作用の定量化に挑戦した。
【利尻島について】
利尻島は大規模な河川が存在せず、降雪や降雨の多くは一度山体内部に浸透してから山麓の低地に湧出することが知られている。つまり湧水は同島の広域的な陸上生態系-降水間の相互作用の結果を反映していると考えられる。そこで島内で広域的に湧水試料を採取し、含まれるNO3-のΔ17O値等を分析した。また同島の国設酸性雨測定所で採取された降水試料中のNO3-のΔ17O値も分析し、湧水試料と比較した。
【結果・考察】
降水試料(n=32)中のNO3-(NO3-atm)は、+20.8から+34.5 ‰の大きなΔ17O値を示し、加重平均は+26.2 ‰となった。最大のΔ17O値である+34.5 ‰は、2007年2月23-24に採取された降水試料において観測されたもので、降水試料全体のΔ17O値の標準偏差の2倍を超える特異的に大きなΔ17O値であった。このNO3-atmは降水の直前に飛来した東アジアの都市域に由来する汚染気塊中で形成されたものと考えられ、エアロゾルや炭化水素に富んだ汚染気塊中でNO3ラジカルを経由したNO3-atm生成反応が進行したことを反映したものと結論した。この試料を除くと、中緯度における既存の報告と同程度のΔ17O値であった。

一方、湧水試料(n=19)の中の硝酸イオンのΔ17O値は、最小+0.9 から最大+3.2 ‰(平均+2.0±0.7 ‰)となり、全試料有意な三酸素同位体異常を示したものの、降水と比較すると小さな Δ17O値であった。このΔ17O値から全溶存NO3-中に占めるNO3-atmの混合比を計算すると、7.4±2.6 %となった。このNO3-atmの混合比と同島の水収支を元に計算すると、90%前後の大気沈着NO3-atmは同島の陸上生態系において吸収(もしくは分解)されており、直接排出されるNO3-atmは、8.8±4.6 %と見積もられた。

同島では降水と湧水のNO3-濃度が同レベルであることが知られており、沈着するNO3-atmは生態系とほとんど相互作用せずにそのまま湧出している可能性も考えられていたが、実際には90 %前後は効率的に生態系に利用されていることが明らかになった。また吸収分を補うようにNO3-reが溶出していることから、同島内の窒素循環系は定常状態に達していて、窒素循環系内に取り込んだNO3-とほぼ等量のNO3-を系外に排出しているものと結論された。 本研究により、三酸素同位体組成は大気から沈着した窒素と森林生態系の相互作用の定量化にきわめて有用であることが明らかになった。今後多様な窒素負荷環境下から流出するNO3-において同様の定量を進めることで、大気から沈着した窒素と森林生態系の相互作用の制限因子を明らかにすることが出来るものと考えられる。