▼ Geochemical JournalにてExpress Letter論文が公開されました

古い磁器中のヘリウム:大気中のHe同位体成分の歴史的変遷
松田准一1,松本拓也1、2、鈴木章久1(1大阪大学、2岡山大学)
Geochemical Journal, Vo. 44, pp. e5-e9, 2010
URL
内容紹介:
 「古い磁器中のヘリウム:大気中のHe同位体成分の歴史的変遷」

 近代における人間の産業活動により化石燃料中に含まれる4Heが大量に大気中に放出されているが、これにより大気中の3He/4He比が変化したかどうかについては、いまだ論争が続いている。これまで、大気中の3He/4He比の変化については実際の過去の大気試料、また精錬の時に生じるスラグなどについての測定から議論されてきた。本研究では、古い磁器中の気泡に当時の大気が保持されているのではと考え、中国と日本の古い磁器中のヘリウム、アルゴンの元素存在量と同位体比を測定した。40Ar/36Ar比はほぼ大気に近く、原材料の陶土中に含まれる放射性起源成分(40Ar)の寄与はほとんど見られないことがわかった。3He/4He比も大気の値に近いが、1400ADと1700ADのいくつかの中国の磁器試料において、大気よりわずかに高い同位体比が測定された。逆に、日本の磁器試料では大気よりわずかに低い値が多かった。現在の大気の値より低い値が得られることについては、陶土に存在した放射性起源の4Heが十分に抜けていないからなどと説明ができる。実際、中国の磁器は石炭で焼成を行うが、日本の焼き物は松等の木材を燃やして行っており、磁器の焼成温度が中国の方が高いということが知られている。一方、現在の大気の3He/4He比よりも高い値が得られることについては説明が難しい。多くの磁器試料についてHe/Ar比は現在より高いので、大気取り込みの際に軽い同位体を選択的に取り込んだ可能性も考えられる。しかし、3He/4He比とHe/Ar比をプロットすると、高い3He/4He比は質量分別線上にはなく、むしろ低いHe/Ar比を持つ試料である。このことは、高い3He/4He比は質量分別効果によるのではなく、磁器を作った時の大気の値そのものを表していると解釈できる。

 産業革命以前の大気中の3He/4He比は同じだったと考えて、1400ADと1700ADの磁器試料の値を平均し、その平均値から200年間の間に現在の値になったとすると、大気の3He/4He比の変化率は、-0.034+0.018%/year (2σ error)となる。この値は、前にスラグから報告されている値の約2倍の大きさである。化石燃料の消費量などから大気の3He/4He比の変化率の理論的な推定もされているが、我々の値に良く一致する値も得られている。また、本研究から磁器は古い大気のタイムカプセルとして使えることも判明した。