▼ 岡崎裕典会員、原田尚美会員らの成果がScienceにて発表されました

最終退氷期の北太平洋における深層水形成
岡崎裕典1、Axel Timmermann2、Laurie Menviel2、原田尚美1、阿部彩子1, 3、近本めぐみ1、Anne Mouchet4、朝日博史3 (1海洋研究開発機構、2Univ. of Hawaii、3東京大学大気海洋研究所、4 ベルギー・リエージュ大学)
Science, 329, 200-204 (2010), DOI: 10.1126/science.1190612
URL
背景
 深層水循環は大きな熱輸送を担っており、地球の気候に重要な役割を果たしている。現在、深層水が形成されている海域は、北大西洋高緯度域と南極周辺で、北太平洋では表層水の塩分が低いために深層水は形成されない。最終氷期(約2万年前)が終わり、現在の間氷期へと向かう最終退氷期初期(17500年から15000年前,ハインリッヒイベント1:H1)に、北アメリカに存在していた巨大な氷床から氷山が北大西洋へ流出し、多量の淡水が供給された結果、北大西洋における深層水形成が著しく停滞した。この深層水循環の大きな変化に伴い、北半球を中心に地球規模の急激な気候変化が起きたことが知られている。その影響は北太平洋の海洋循環にも及んだと考えられているが、当時の急激な気候変化のなかで北太平洋がどのような役割を果たしていたか不明であった。
研究手法
 H1の北太平洋海洋循環像を得るため、(1)海底堆積物から復元された海洋循環速度データの解析と、(2)H1を模した気候モデル実験を行った。(1)については、海底堆積物中に含まれる浮遊性有孔虫と底生有孔虫の放射性炭素年代差を過去の海洋循環の指標とし、北太平洋の様々な海域から得られた23000年から10000年前の期間におけるデータを統合した。(2)については、地球システムモデルLOVECLIMにより、H1を模して北大西洋高緯度海域に淡水を供給し、どのように応答するかシミュレーションを行った。
結果と考察
 海底堆積物記録からH1の期間、北西北太平洋の水深900mから2800mにかけて、前後の時代と比べて浮遊性有孔虫と底生有孔虫の放射性炭素年代差が小さくなることをつきとめた。このことは、沈み込んでからあまり時間の経っていない深層水の存在を示し、当時北太平洋で深層水が形成されていたことを示唆する。一方で、北東北太平洋では有意な変化は見つからず、北太平洋のなかでも、深層水の年齢に東西勾配があることがわかった。気候モデル実験の結果は、これらの海底堆積物記録から復元された海洋循環の特徴を良く再現し、北太平洋における深層水形成が、北大西洋への淡水供給が引き金となって起こる大気海洋相互作用の結果、北太平洋の表層塩分が高くなるために起こることを示した。また、地球の自転の影響により大洋の西側に強い深層流ができるため、北西北太平洋深層水の年齢が若くなることを明らかにした。加えて、北太平洋深層水形成に伴い、北太平洋高緯度域へと多量の熱が輸送され、その熱輸送量は北大西洋深層水が停滞したために減少した極域への熱輸送量の約2/3に相当することが示された。

 今回の結果は、最終退氷期初期の北太平洋がこれまで考えられてきた以上に地球規模の海洋循環の活動的な海域であったことを示唆するとともに、新たな海洋循環像の提案である。北太平洋起源の深層水という新たな観点を得ることで、最終退氷期に生じた大量の古い炭素の大気への放出の謎と海洋循環との関係解明へつながることが期待される。