▼ 伊藤正一会員、坂本直哉会員、圦本尚義会員らの成果がNature Geoscienceに て発表されました

月の石の水素同位体比は月に彗星の水が飛来している事を示す
Hydrogen isotope ratios in lunar rocks indicate delivery of cometary water to the Moon

James P. Greenwood1, 伊藤正一2, 坂本直哉2, Lawrence A. Taylor3, Paul H. Warren4, 圦本尚義2
1 Wesleyan University, Middletown, CT USA
2 北海道大学, 北海道 札幌
3 University of Tennessee, Knoxville, TN USA
4 UCLA, Los Angeles, CA USA

Nature Geoscience 4, 79-82 (2011) doi:10.1038/ngeo1050
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要約:
 アポロ計画により採集された広範囲の月の石から微量の水が検出された.これは,月内部に普遍的に水分が含まれている事を示す.この水の水素は重水素成分に富む特徴を持ち,彗星由来である事が判明した.私たちは月を形成した巨大衝突の後で地球-月系に大量の水が彗星により供給された事を結論する.
内容紹介:
(背景)

 月は約45億年前,火星サイズの天体が地球に衝突し,その結果,地球の周りに作られた高温のガスとマグマの円盤から形成された説が有力である.このとき,水分のような揮発性成分は巨大衝突時に容易に蒸発するため,月には水は元々取り込まれなかったと考えられていた. これまで月の石の分析により月内部の水の存在を報告した例があったが,地球の汚染の可能性を否定する事は難しかった.月岩石中にはアパタイトという水成分を結晶中に含む事ができる鉱物を時々含んでいるが,その席は塩素やフッ素でほとんど占められていることがわかっていた.

(研究手法)

 我々は同位体顕微鏡を用いた新しく開発した分析法を用いてアポロ計画により採集された月岩石中のアパタイト結晶の水成分濃度とその水素同位体比を測定した.

(研究成果)

 米国NASAが1961?72年に実施した有人月探査であるアポロ計画では,アポロ11, 12, 14, 15, 16, 17号の6回の月岩石の回収に成功している.このうち,本研究ではアポロ11, 12, 14, 17号の回収試料を分析対象とし, 月の海と高地の両方の試料を選択している.月の高地の岩石は月の表面がマグマの海に覆われていた時代にマグマが固結した陸地部分(斜長岩)であり,月の海は,その後月が冷却していきマグマの海の表面が全部固結した後,月の内部から噴出したマグマにより月の低地部が覆われ固まった溶岩(玄武岩)である.両方のマグマとも冷却し溶融部分が固結する最終期にアパタイトを結晶化する. これらの岩石の採集地点は月の表側の広範囲にわたっているため,今回のアパタイトの分析値のセットは月の内部の水成分を代表していると考えられる.また,これらの測定した岩石の形成年代は43億年前の月形成当時に近い年代から32億年までの約10億年間におよんでいる.この長い年代範囲も今回の分析が月内部の水成分を代表していると考えられる理由である.

 同位体顕微鏡により月の石の含水量を分析すると,鉱物の割れ目部に水が濃集している事がわかる.この水は地球の水蒸気が鉱物表面を汚染した吸着水4である.鉱物間を比べると,アパタイトだけから水分の信号があり,周りの他の鉱物から信号がないことがわかる.ほとんどの月の石のアパタイト中に0.01%~0.6重量%の水が含まれている事が明らかになった.また,含まれている水は地球の水に比べて重水素を多く含んでいる(最大2倍)事がわかった.これほど重水素に富む水は地球上に存在しないので,月岩石固有の水である事は明らかである.したがって,月内部には43億年以上前から水が存在している事が明らかになった.

 水素同位体比は太陽系の天体により固有の値を持つ事がわかっている.木星や土星のような巨大惑星の水素同位体比は地球に比べ軽水素に富んでいる.一方,彗星の水は重水素に富んでいる.隕石の水の同位体比は地球の水の値に近い.分析された月の水は重水素に富んでおり,彗星の値と重なっている.このように重水素に富む水を持つ天体は彗星の他に見つかっていない.

 巨大衝突により月が形成した時,月の表面はマグマの海に覆われていた.現在の月面のクレーターの多さから,このマグマの海にもたくさんの隕石が落下していたと考えられる.これら隕石の中に多くの彗星が含まれていたと考えるのは合理的である.落下した彗星の水はマグマの海深くに持込まれ,月が固結すると,月内部に貯蔵される.もし,月内部の水はこのようにして彗星により運ばれてきたのだとすると,観察された月岩石中の水成分の水素同位体比が彗星の水の水素同位体比と等しいことと整合的である.

 この月の水の彗星起源説が正しいとすると,できたばかりの地球にも同様に彗星が衝突してきていたはずである.このとき,地球もマグマの海に覆われていたと考えられている,地球と月の違いの一つは,地球は月よりも質量が大きいため,地球は水蒸気の大気に覆われていてマグマの海にも水分が元々とけ込んでいた事である.地球の水について未解決な事の一つは,地球深部の水は軽水素に富んでいて,海の水は重水素に少し富んでいる事である.もし地球の海の水の幾分かの割合が,今回明らかにできた月内部の水の起源の様に,彗星からやってきたのだとするとこの重水素濃度の差を説明することができる.

(今後への期待)

 今後,月の石による月の水の研究をさらに進め,月内部に存在する水の量を決定したい.このことができれば,地球の水の起源についても明らかにできると期待される.