▼ 橋爪光会員、高畑直人会員、奈良岡浩会員、佐野有司会員の成果がNature Geoscienceにて発表されました

酸素同位体組成が解き明かす隕石有機物の起源
Extreme oxygen isotope anomaly with a solar origin detected in meteoritic organics.

橋爪 光1・高畑 直人2・奈良岡 浩3・佐野 有司2
1: 大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻
2: 東京大学大気海洋研究所海洋化学部門
3: 九州大学大学院理学研究院地球惑星科学専攻

Nature Geoscience 4, 165-168 (2011) doi: 10.1038/NGEO1070.
電子版2011年1月30日発表(2011年3月号Nature Geoscience 掲載)
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内容紹介:

地球の表層は、大気や海洋で覆われ、そこには生命が繁栄します。この大気、海洋、そして生命を構成する物質の究極の起源を明らかにしたのがこの論文です。

私たちは、この水と有機物が、宇宙のどこでどのようにして出来て、そして、地球に運ばれたのか、という点に興味があります。地球を含む太陽系惑星の多くは、宇宙に浮かぶ極低温のガスの塊(分子雲と呼びます)、さらに、その一部が集まり出来た星雲を経て、星雲中の小さな塵が集まって出来たものだと考えられています。本研究は、水と有機物が、太陽系のこの進化過程のどの段階で作られたのかを解明することが目的です。これがわかると、水と有機物にあふれる地球のような惑星が宇宙に出現する詳しい条件がわかるかもしれません。つまり、地球以外に生命を育む星が存在するのか、という問いに対する答えにもいつか繋がるかもしれません。

本研究では、隕石有機物の安定同位体の組成が議論の中心です。惑星物質の持つ同位体は、その物質の作られ方や作られた環境を反映して、しばしば起源毎に異なる組成を示します。まず、同位体について少し説明します。例えば、酸素は、陽子を8個持つ元素ですが、中性子を8個、9個または10個持つ3種類の安定同位体(酸素-16, 17 および18)が存在します。地球においては、酸素-16が圧倒的な多数(99.8%)を占め、酸素-17, 18はそれぞれ酸素全体の0.04%、0.2%を占めるに過ぎません。陽子の数が同じなので、同位体はどれも同じ化学反応をします。反応速度もほぼ同じなのですが、実は、同位体毎にほんのわずかだけ異なります。そして、その違い方が反応経路や反応の条件により異なります。このわずかな違いの結果生じた同位体組成の変動を、質量分析装置で検出するのです。

私たちは、国立極地研究所が所有する南極産の隕石を用い、その隕石から有機物を抽出し、その有機物の同位体組成を調べました。用いた隕石は、炭素質コンドライト隕石と呼ばれ、太陽系星雲中で形成して以来、ほとんど加熱されていないと考えられており、約45億6千万年前の太陽系星雲中に浮かぶ塵、つまり、地球の材料物質、をそのまま寄せ集めたようなものです。「炭素質」という名前の通り、有機物を豊富に含みます。

取り出した有機物は、1 mあるいはそれ以下の大変細かい粒子で構成されています。その粒子一つ一つが異なる起源を持つかもしれないので、それらの組成を区別できるような、高い空間分解能を持つ分析装置が必要です。私たちは、この分析に、東京大学大気海洋研究所(千葉県柏市)に備わる高性能の同位体顕微鏡 NanoSIMSを用いました。

私たちは、有機物中の酸素・炭素・窒素・水素の同位体組成を分析しました。論文で強調されているのは、酸素同位体組成の分析結果です。この同位体は、太陽系中の惑星物質がどのように作られたのか、という情報を、今回分析した4元素の中では最も豊富に、また、正確に持つと期待されています。しかし、有機物でこの元素同位体の分析に成功したのは今回私たちが初めてです。今回、地球組成に比べて、酸素-17と酸素-18が最大53%多く含まれる有機物微粒子の存在が確認されました。さらに、本論文では、酸素-17と酸素-18を多く含む微粒子は、同時に、炭素-13を、地球組成に比べて、最大29%多く含むことを確認しました。

今回の発見、つまり隕石有機物中の酸素-17、酸素-18および、炭素-13が同時に濃縮した成分の検出、により隕石有機物の起源が正確に特定されました。これまで、酸素-17と酸素-18が同時に濃縮する過程として、一酸化炭素(CO)分子に紫外線が照射された際に生じる同位体効果が提唱されていました。しかし、一酸化炭素分子は、宇宙空間では、水素分子に次いで最もありふれた分子であり、また、紫外線も発生源は宇宙にはいくつもあり得るので、この反応がどこで発生したのかはこれまで特定出来ませんでした。しかし、今回、酸素-17,18の濃縮と炭素-13の濃縮が関係しているという新たな手かがりを得て、その場を特定することが出来ました。一酸化炭素分子に紫外線が照射された際の同位体効果により炭素-13の濃縮も、原理的には、同時に起こりうることは以前から指摘されていました。しかし、絶対温度で約60 ケルビン(摂氏 約-210度)より低い温度では、炭素-13の濃縮がいったん起こっても、それと逆の同位体効果が別の反応により働き、炭素-13の濃縮が消えてしまう可能性が指摘されていました。つまり、今回、炭素-13の濃縮がはっきりと残っていたことから、有機物形成の場は約60 ケルビン、あるいはそれ以上の温度であったことが明らかになりました。このことにより、例えば、太陽系星雲の前身である分子雲(特に分子雲コアと呼ばれる約10ケルビンの宇宙空間)などは本論文で注目する有機物が形成した場としては排除されます。私たちは、具体的な有機物形成の場として、太陽系星雲の表面を提案しています。ここは、常に原始太陽により照らされており、分子雲コアよりは暖かかったと考えられています。

水についても、酸素-17と酸素-18が濃縮しているのではないか、と報告されています(Sakamoto et al., 2007)。つまり、本研究の結果と合わせ、水と有機物、はどちらも酸素-17と酸素-18に濃縮しているのではないか、つまり、同じ起源を持つのではないか、と私たちは考えます。

結局、私たちは、太陽系星雲における水と有機物の発生と進化について、その姿を「星雲の雨」になぞらえています。我らの地球では、大気中上空で形成された雨粒が、陸に落ち岩石や土壌の隙間に吸収されてゆきます。これと同じように、星雲のはるか上空で水と有機物が形成し、星雲内を、中心面に向かって落ち込みます。水と有機物は中心面に積もった岩石や金属などから成る塵と出会い反応しながら、惑星の一部へと進化したと考えます。

本研究の結論は、日本の惑星探査計画にも大きな影響を与えるかもしれません。これから進められる「はやぶさ2」では、有機物を豊富に含む小天体をターゲットとします。これは、正に、上でご説明した、岩石や金属から成る塵と水と有機物が出会う接点に相当します。本研究の結果は、これらの探査計画における科学目標、つまり、何を手がかりに何をわかろうとするのか、ということへの重要なヒントになるはずです。