▼ 渡邊剛会員、鈴木敦会員、川幡穂高会員らの成果がNatureにて発表されました

サンゴ化石に発見された鮮新世温暖期のエルニーニョ
Permanent El Niño during the Pliocene warm period not supported by coral evidence

渡邊 剛(北海道大学大学院理学研究院),鈴木 淳(産業技術総合研究所地質情報研究部門)見延 庄士郎(北海道大学大学院理学研究院),川島龍憲(北海道大学大学院理学院),亀尾浩司(千葉大学大学院理学研究科),蓑島佳代(産業技術総合研究所地質情報研究部門),ヨランダ アグラー(フィリピン地質鉱山局),和仁良二(横浜国立大学学際プロジェクト研究センター),川幡穂高(東京大学大気海洋研究所),岨 康輝(北海道大学大学院理学院),永井隆哉(北海道大学大学院理学研究院),加瀬友喜(国立科学博物館地学研究部)

Nature 471, 209-211 (10 March 2011) doi:10.1038/nature09777
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内容紹介:

(背景)
鮮新世温暖期は,将来に訪れる温暖化地球の気候条件に最も類似した過去の温暖期であると言われています。太平洋赤道域で数年ごとに発生するエルニーニョ現象は,現在の気候システムにおいて重要な役割を果たしていますが,このエルニーニョ現象が鮮新世温暖期に存在したか否か,これまで激しい論争が続いてきました。

温暖化した気候システムでは,現在のエルニーニョ現象を起こすメカニズムである太平洋の東西の水温勾配がなくなり,全域の水温が高い"永続的エルニーニョ状態"になって,数年ごとのエルニーニョ現象は発生しなくなるという仮説が提唱されています。一方,当時も現在のようなエルニーニョ現象は存在し,むしろ太平洋の東西の水温勾配が大きくなって,エルニーニョ現象はより強く,より頻発していたのではないかとする仮説も提唱されていました。

この2つの説は,どちらも時間分解能が数千年~数万年程度である海洋底コアの解析に基づいたものでしたが,海洋底コアの解析では数年間隔で起こるエルニーニョ現象を直接捉えることは困難でした。

(研究手法)
 造礁性サンゴの骨格には過去の大気と海洋の環境変動が数週間という高時間分解能で記録されています。渡邊講師らは,フィリピンでの地質調査により鮮新世温暖期に相当する地層から非常に保存状態のよい化石サンゴを発見しました。

それらの化石試料から電子顕微鏡観察やシンクロトロン光を用いたエックス線回折実験により骨格に変質がないことを厳密に確認し,2つのサンゴ化石を化学分析用の試料として選びました。そして,2つのサンゴ化石の酸素同位体比組成(水温と塩分の指標)から,計70年分の大気と海洋環境の季節変動および経年変動パターンを抽出しました。

今回のサンゴ化石が採取されたフィリピン周辺の海域は,水温と塩分の変動がエルニーニョ現象の影響を強く受けている場所であり,現生サンゴの酸素同位体比の変動パターンは,現在のエルニーニョ現象の変動パターンをよく記録していることがわかっています。

本研究では,化石サンゴの酸素同位体比の変動パターンを,現生サンゴの酸素同位体比変動パターンと比較することによって,鮮新世温暖期におけるエルニーニョ現象の有無を検証しました。

(研究成果)
 本研究では,鮮新世温暖期の2つの保存状態のよい化石サンゴの酸素同位体比パターンからそれぞれ35年分の大気と海洋環境(海水温と塩分)の季節変動および経年変動パターンを抽出しました。

現生サンゴをこれらと同じ手法で解析した結果と比較したところ,鮮新世温暖期には現在とほぼ同じ周期でエルニーニョ現象が起こっていたことが明らかになりました。

この発見は,直接的なエルニーニョ現象の証拠としては最古のものです。また,これまで比較的有力であった温暖化地球ではエルニーニョ現象は起こらないとする永続的エルニーニョ説の可能性を否定するものであり,一連の論争に決着をつけるものです。

(今後への期待)
今回の発見で,将来の温暖化した地球においてもエルニーニョ現象が存在することが強く示唆されました。この結果は,これまでのエルニーニョ研究において主流だった説とは全く異なるもので,将来の温暖化におけるエルニーニョ現象の予測とその影響を見積もるための新たなヒントになるものと思われます。早ければ100年後には同じような気候に到達すると言われている未来の地球で,エルニーニョ現象はどうなるのか,今後のさらなる研究が期待されます。