▼ 圦本尚義会員らの「はやぶさ計画」の成果がScienceにて発表されました

はやぶさ計画によりイトカワから回収された小惑星物質の酸素同位体組成
Oxygen Isotopic Compositions of Asteroidal Materials Returned from Itokawa by the Hayabusa Mission

圦本尚義,伊藤正一,坂本直哉,阿部憲一,橋口未奈子,片山樹里,加藤千図,川崎教行,小林幸雄,女池竜二,朴昌根,武井将志,若木重行,山本広佑(北大),橋爪光,土`山明(阪大),瀬戸雄介(神戸大),中村智樹(東北大),長尾敬介(東大),野口高明(茨城大),海老原充(首都大),奈良岡浩,北島富美雄,岡崎隆司(九大),T. R. Ireland(オーストラリア国立大),M. E. Zolensky(NASA),安部正真,藤村彰夫,川口淳一郎,向井利典,上椙真之,矢田達,吉川真(JAXA)

Science 333, 1116-1119 (2011)
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内容紹介:

(背景)
 惑星を作る元素の半分以上が酸素です。これは体積にすれば地球の70%以上を占めることになります。ですから,酸素は惑星の骨格を作る最重要な元素です。酸素は3種類の同位体からなっていて,その比率が惑星の特徴を示すことがわかっており,酸素同位体比は惑星ごとに異なっています。はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワの試料の酸素同位体比を調べることは,小惑星イトカワの正体を明らかにすることなのです。

(研究手法)
 はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワの試料の大きさは0.1mmより小さな微粒子です。我々は同位体顕微鏡を用いて直径0.01mmの微小領域の酸素同位体を精密に分析する方法を開発し,28個のイトカワ微粒子について酸素同位体比の測定に成功しました。

(研究成果)
 測定した28個のイトカワ微粒子は一つとして地球物質の酸素同位体比を持つものはありませんでした。はやぶさは正真正銘イトカワ表面の物質を採取してきたのです。イトカワ微粒子は地球物質より16O成分に乏しいところに集団を作って分布しています。この分布の様子から,イトカワはLやLLとよばれている普通コンドライトの一種とよく似ていることがわかりました。このことから,普通コンドライトがイトカワの様なS型小惑星とよばれる小惑星からやってくることが初めて証明されました。エジプトの古代文字がロゼッタストーンの発見により解読することができたように,このイトカワ微粒子は,これまでの隕石研究と小惑星との間の因果関係を初めて結びつけました.私たち人類はこれまでに惑星探査器を用いてイトカワ以外の小惑星の観測をたくさんしているので,この研究成果に基づき,今後の研究ではどの小惑星からどの隕石がやってきたのかを明らかにしていけるでしょう。そして隕石毎にそのふるさとの天体の姿がこれからビビッドにわかってくることでしょう。

 もう少し詳しくイトカワの酸素同位体比の分布を見ていきましょう。酸素3同位体図上で左下から順にかんらん石の集団,斜方輝石の集団,斜長石の集団と質量分別曲線上に列を作り並んでいることがわかります。この一列に並ぶ事実は,イトカワ微粒子が変成作用を受けて加熱されたことを示しています。激しく加熱されるとそれぞれの鉱物の酸素同位体比は鉱物ごとに一点に収束してしまうのですが,そうなっていないことは加熱により化学平衡に達していないことを示しています。この3つの鉱物の酸素同位体比の平均値の違いは加熱温度に相当するので,その違いから変成温度を見積もると,約650℃という温度がでてきます。イトカワのような差し渡し600m程度の天体ではそんなに温度が上がらないので,イトカワはもっと大きな小惑星(イトカワ母天体)の破片であり,このイトカワ母天体上で変成作用を受けたことがわかります。また,酸素同位体比が完全に平衡分布になっていないことは,微粒子中にイトカワ母天体を作った以前の情報も消えずに残されていることがわかります。今後,イトカワ微粒子の分析をさらに詳しく進めることにより,イトカワ母天体を作った過程が解析され,その結果,太陽系の起源に迫れることを示しています。

(今後への期待)
 今回の研究により,小惑星と隕石との間の直接の関係が明解に証明されました。イトカワの微粒子の研究を進めることにより,イトカワやイトカワ母天体の形成史が明らかになることが期待されます。イトカワ母天体は惑星進化の幼年期に相当しますので,その成果は太陽系誕生後の惑星ができはじめた頃の歴史解明へと一般化されていくものと思われます。

 また,今回の成果により,次期小惑星サンプルリターンミッションであるはやぶさ2が目的とするC型小惑星は,イトカワとは全然異なる水の記録が残っている小惑星である可能性がますます強くなりました。この小惑星からサンプルを持ち帰ることに成功すれば,私たち生命環境の必須物質である地球の水の起源解明に関する大きな鍵を見つけられるかもしれません。