▼ 土`山明先生、中村智樹会員らの「はやぶさ」の成果がScienceにて発表されました

はやぶさサンプルの3次元構造:イトカワレゴリスの起源と進化
Three-Dimensional Structure of Hayabusa Samples: Origin and Evolution of Itokawa Regolith

土`山 明(大阪大学)ほか
Akira Tsuchiyama, Masayuki Uesugi, Takashi Matsushima, Tatsuhiro Michikami, Toshihiko Kadono, Tomoki Nakamura, Kentaro Uesugi, Tsukasa Nakano, Scott A. Sandford, Ryo Noguchi, Toru Matsumoto, Junya Matsuno, Takashi Nagano, Yuta Imai, Akihisa Takeuchi, Yoshio Suzuki, Toshihiro Ogami, Jun Katagiri, Mitsuru Ebihara, Trevor R. Ireland, Fumio Kitajima, Keisuke Nagao, Hiroshi Naraoka, Takaaki Noguchi, Ryuji Okazaki, Hisayoshi Yurimoto, Michael E. Zolensky, Toshifumi Mukai, Masanao Abe, Toru Yada, Akio Fujimura, Makoto Yoshikawa, Junichiro Kawaguchi

Science, 333, 1125-1128, doi:10.1126/science.1207807
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内容紹介:

(背景)
 2003年5月に打ち上げられたJAXAのはやぶさ探査機は2005年9月に小惑星イトカワに到着し、約2ヶ月間にわたってリモートセンシング観測をおこない、またイトカワ表面のMUSES-C Regioと呼ばれるレゴリス(隕石の衝突によりできた細かな砂)に覆われた滑らかな領域からサンプル採取をおこないました。採取されたサンプルは2011年6月に地球に帰還し、サンプルカプセルからの粒子回収を始めとするキュレーション作業がJAXAにおいて開始されました。これにより、少なくとも1534粒子以上の微粒子(サイズは数100 m以下でほとんどは10 m以下)の存在が確認されています。2011年1月からは本格的な初期分析が開始されました。

 今回採取された地球外サンプルは小惑星物質としては初めてのものであり、またアメリカのアポロ計画や旧ソ連のルナ計画によって採取された月についで2番目のレゴリスのサンプルです。落下軌道解析により隕石のほとんどは小惑星起源であると考えられています。また、天文観測によって得られた小惑星の反射スペクトルと実験室内で測定された隕石の反射スペクトルとの比較により、様々な種類をもつ小惑星と隕石との対応関係が推定されています。S(IV)タイプの反射スペクトルをもつ小惑星イトカワは、地上望遠鏡観測だけでなくはやぶさ探査機による近接観測からも、LL5あるいはLL6と呼ばれる普通コンドライト隕石に類似すると指摘されていましたが、これが本当であるかどうかはサンプルの分析を待たざるを得ません。また、はやぶさ探査機の近接撮影から、535×294×209 mという小さなイトカワの表面は、主としてmm-cmサイズのレゴリス粒子からなる平滑な領域と、10メートルサイズの岩塊(ボルダー)に覆われた領域からなることが知られていました。イトカワ表面におけるレゴリス形成と進化についてはよくわかっておらず、今回平滑な領域から採取されたmm以下の微粒子は観測されたものとどのような関係にあるのかを知り、またその起源や進化の情報を得ることが重要です。一方、リモートセンシングから得られたイトカワの平均密度は約1.9 g/cm3とLLコンドライトの平均密度(3.54 g/cm3)よりも低く、内部に約40%の空隙が存在していることが推定されています。このような内部空隙やボルダーの存在などから、かつてもっと大きな天体が存在し、その天体に別の天体が衝突して、その破片の一部が集まって現在のイトカワが作られたというラブルパイル(瓦礫の山)モデルが提案されていますが、イトカワを作る物質の密度は実測されていません。

(研究の内容)
我々の研究グループは初期分析のひとつとして、放射光を用いたX線マイクロCTにより、イトカワ微粒子の3次元構造を非破壊で調べました。SPring-8に設置された結像型CT装置により、40個の微粒子(30-180 m)について1粒子づつ、約0.2 mあるいは約0.5 m の空間分解能で、3次元的な外形と内部構造を得ました。またCT撮影を7 keVと8 keVという2種類のX線エネルギーで撮影することにより、従来は不可能であった鉱物の同定が可能となり、各鉱物の3次元空間分布を非破壊で得ることができました。

 このようにして得られた40粒子全体の鉱物の構成比はLLコンドライトのものに類似し、その組織から熱変成を受けたLL5あるいはLL6に類似することがわかりました。これは、別の研究グループで同じ粒子についておこなった鉱物の化学組成分析(Nakamura et al., Science, 333, 1113-1116, 2011)、酸素同位体分析(Yurimoto et al., Science, 333, 1116-1119, 2011)、カンラン石の微量元素分析(Ebihara et al., Science, 333, 1119-1121, 2011)の結果とも一致します。また、一部の粒子は熱変成をそれほど強く受けていない内部組織をもっており、熱変成の程度が異なるものが混合しており、もとは角礫岩であった可能性があります。鉱物の化学組成分析からはその鉱物の密度が計算できるので、CTで求めた各鉱物の構成比と空隙率から粒子全体の密度を得ることができました(3.4 g/cm3)。イトカワ表面物質はイトカワ全体の物質を代表しているとすると、ラブルパイルモデルが支持されることになります。

 CT撮影からは定量的な3次元外形の情報も得られます。各粒子の体積から粒子径を求め、粒子のサイズ分布を得ました。粒子サイズに対してその累積個数を対数でプロットしたときの勾配は約-2となり、イトカワのボルダー(5-30 m)について求められた勾配(-3.1)よりも緩やかであることがわかりました。イトカワ表面では、mm-cm程度のサイズより大きいものは約-3の勾配をもち、小さいものは約-2の勾配をもつとすると、平滑な領域は主としてmm-cmサイズのレゴリス粒子からなるという観測結果を説明することができます。実際、月のレゴリス(20-500 m)の勾配は約-3であり、月には細かなレゴリス粒子が存在していることとも調和的です。イトカワ表面でmm以下の粒子が少ない原因としては、衝突により大きな放出速度をもつ小さな粒子が、重力の小さなイトカワから選択的に失われた可能性がありますが、その他にも小さな粒子が静電的に浮遊して選択的に失われた可能性や、また粉体における振動で比較的大きな粒子が選択的に表面に集まった(ブラジルナッツ効果)可能性もあります。一方、粒子の3次元外形を楕円体近似して求めた3軸比は、実験室内での衝突実験で得られた破片の3軸比と類似しており(長軸:中軸:短軸比はおおよそ2:√2:1で両者は統計的に区別できない)、イトカワ粒子も衝突による破片であると考えられます。一方、月のレゴリスも衝突によってできたと考えられていますが、その3軸比はより球に近く、月のように大きな天体では何億年という長い時間レゴリスとして存在している間に球に近くなったものと考えられます。しかし、イトカワ粒子もその外形をよく観察すると、表面に存在するエッジがシャープなものだけでなく、丸くなったものが見られます。これは、衝突でできた破片がなんらかの原因により削られたものと考えられます。イトカワのような小さな天体では、メテオロイドが衝突したときに発生した振動(表面で反射されてなかなか減衰しない)により粒子が運動すると考えられていますが、このときに粒子同士がこすれ合って摩耗したのではないかと考えられます。また、イトカワ粒子には月のレゴリスにおけるアグルーチネートのような大規模な融解を示す組織は観察されず、イトカワと月での衝突速度の違い(イトカワ:約5 km/秒、月:約10 km/秒以上)を反映していることもわかりました。

 以上のように、今回分析したイトカワ粒子は月のようにサイズが大きく重力も大きな天体のレゴリスとは異なり、小さな重力しか持たない小惑星のレゴリスの特徴を有しています。このようなレゴリス粒子はイトカワ表面での衝突によって作られ、別の衝突によって励起された振動に起因する粒子同士の運動によって摩耗されたと考えられます。これにより、活動的な小惑星表面の様子が明らかにされました。

(成果の意義)
 今回のイトカワ粒子の分析により、従来推定されていた小惑星物質と隕石の関係が実証されました。これは、現在発見されている約25万個の小惑星と約6万個の隕石とがどのような関係にあるかを明確に示したものであり、太陽系の形成過程の解明という観点から科学史的にも重要な成果であると思われます。

 一方、イトカワ粒子の3次元外形から得られたレゴリス粒子の特徴と、それをもとに議論された起源・進化により、従来の天文観測や隕石の分析では決してわからなかった小惑星の姿が明らかにされました。太陽風希ガスなどによるレゴリスの年代の議論(Nagao et al., Science, 333, 1128-1131, 2011)や、また小惑星で始めて実証された宇宙風化(Nagao et al., Science, 333, 1121-1125, 2011)とともに、今後さらに詳細な分析や解析をすすめることにより、より鮮明な小惑星の姿が得られるものと期待されます。