▼ 海老原充会員らの「はやぶさ」の成果がScienceにて発表されました

小惑星イトカワから回収された粒子の中性子放射化分析
Neutron activation analysis of a particle returned from Asteroid Itokawa

海老原充(首都大学東京),関本俊(京都大学),白井直樹(首都大学東京),浜島靖典(金沢大学)山本政儀(金沢大学),熊谷和也(首都大学東京),大浦泰嗣(首都大学東京),Trevor R. Island(オーストラリア国立大学),北島富美雄(九州大学),長尾敬介(東京大学),中村智樹(東北大学),奈良岡浩(九州大学),野口高明(茨城大学),岡崎隆司(九州大学),土山明(大阪大学),上椙真之(大阪大学,現JAXA),圦本尚義(北海道大学),Michael E. Zolensky(NASA),安部正真(JAXA),藤村彰夫(JAXA),向井利典(JAXA),矢田達(JAXA)

Science 333, 1119 (2011), DOI: 10.1126/science.1207865
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内容紹介:

(論文概要)
 はやぶさ探査機が持ち帰った微小粒子1試料(約3マイクログラム)について、中性子放射化分析法を用いてその元素組成分析を求めた。分析の結果、ナトリウム、スカンジウム、クロム、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、イリジウムの8元素について含有量を求めることができた。この試料のFe/Sc元素比、及びNi/Co元素比は地球表面の岩石試料の持つ値と明らかに異なり,太陽系形成当時の物質であると考えられているコンドライト質隕石の値に等しいことがわかった。このことから,はやぶさ探査機が持ち帰った試料が小惑星イトカワ由来の地球外物質であり、かつ、その物質は太陽系の始原物質であるコンドライト隕石と同じであることがわかった。また、この試料には約30フェムトグラム(30 x10-15 g)のイリジウムが含まれていたが、このことからも分析した粒子が地球外物質であることが裏付けられた。このイリジウムはニッケルやコバルトから予想される含有量より約5倍少なく、この粒子が太陽系最初期に起こった元素の分別過程を保存していることが分かった。

(研究の背景)
 はやぶさ宇宙探査機は2003年5月9日に鹿児島県内之浦から打ち上げられ,同年9月に小惑星25143イトカワに到着した。イトカワの周回軌道を回りながら数々の観測を行った後,11月には小惑星表面に降下し,表面物質を採取する試みをおこなった。その後,いくつかの困難を切り抜け,2010年6月にオーストラリアの砂漠に帰還した。試料採取に関しては当初予定していた操作が実施できなかったものの,回収されたカプセル内には地球外起源と思われる粒子が1500以上見つかった。はやぶさ探査機の打ち上げ前から,回収された試料を分析する体制が検討され,客観的な評価の後,初期分析チームが結成された。本研究はこの初期分析の一環として行われたものである。成果は2011年3月米国ヒューストンで開催された月惑星科学会議で口頭発表され,その内容をもとにScience誌にまとめられた。この初期分析は2012年度から開始される予定の公募研究に対して基礎的なデータを提供することも目的とするものである。

(研究手法)
 本研究の目的は微小粒子の元素組成を正確に求め,そのデータを用いて微粒子の特徴を明らかにすることである。元素組成を求める方法にはいろいろな方法があるが,本研究では中性子放射化分析法を用いた。この方法の概略は以下の通りである。中性子を試料に照射して中性子捕獲反応を起こし,安定な原子核を不安定な放射性核種に変換する。生じた不安定原子核が安定原子核に変化する(壊変する)ときに余分なエネルギーを外部に放出する。この時放出されるガンマ線を測定して,そのエネルギーからもとの安定原子核の種類を,ガンマ線の放出頻度から原子核の量を求める。中性子放射化分析の最大の特徴は分析に用いる中性子とシグナルとしてとりだすガンマ線がともに物質への透過能が高く,試料表面ばかりでなく,試料全体の組成を求めることができることである。また,試料を破壊することなく複数の重要な元素を高感度に定量できることもこの方法の大きな利点である。

 国内で中性子放射化分析に利用できる研究用原子炉は日本原子力研究開発機構東海研究所のJRR-3, JRR-4,および京都大学原子炉実験所のKURに限られるが,今回の分析には京都大学原子炉実験所の原子炉を利用した。RA-QD02-0049と名付けられたイトカワ微粒子を石英製のホルダーに格納し,高純度アルミニウムで包装した後照射用カプセルに収め,原子炉内に入れて19時間中性子を照射した。照射後試料を取り出し,試料を新しいホルダーに移し替え,ガンマ線測定をおこなった。ガンマ線スペクトルからクロム,ニッケル,スカンジウム,鉄,コバルト,イリジウム等,8元素が定量できた。中性子捕獲反応によって生成する不安定放射性核種は複数生じ,その半減期が異なるので,中性子照射後,約一ヶ月半に渡ってガンマ線測定をおこなった。生成した放射能は非常に微弱なため,鉛で遮蔽されたゲルマニウム半導体検出器で長時間の測定を行った。測定は京都大学原子炉実験所で行ったほか,金沢大学低レベル放射線研究施設で行った。

(研究成果)
中性子放射化分析によって,ナトリウム、スカンジウム、クロム、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛、イリジウムの8元素を定量することができた。試料の質量を測定することはしなかったが,試料中の鉄とマグネシウムの元素比が東北大の中村らによって求められており,本研究によって定量できた鉄の含有量と組み合わせることにより,約3.2マイクログラムと求められた。

 この試料中の鉄とスカンジウムの含有値を地球の岩石,火星から飛来したと考えられる隕石,地球への落下頻度の高いコンドライト隕石等の値と比較した。地球のように金属核を持つ惑星では鉄はかなり中心核に分配されているために,マントルや地殻中のケイ酸塩試料中のFe/Sc比はコンドライト隕石の値よりも小さいことが知られている。火星隕石も同様の傾向を示す。本研究で分析したイトカワから回収された粒子は大部分橄欖石で構成されているが,この試料のFe/Sc比は地球や火星の橄欖石の値よりも大きく,普通コンドライト質隕石から分離した橄欖石の値に似ていることがわかった。このことから,今回分析した微粒子は地球物質ではなく,地球外物質であることがわかり,はやぶさ探査衛星が小惑星イトカワから試料を回収して地球に帰還したことが明らかとなった。また,その組成がコンドライトと同様の組成であり,小惑星イトカワは始原的コンドライト隕石と同様の化学組成を持つことがわかった。

 今回分析した試料ではコバルト,ニッケル,イリジウム等金属に入りやすい元素の含有量が地球の表層物質に比べて非常に高いことがわかった。本研究で分析したイトカワ試料のニッケルとコバルトの含有量をいくつかの異なる種類の隕石試料と地球の地殻物質の値と比較すると,イトカワ試料は未分化な隕石(コンドライト質隕石)の持つ組成を示す線上にのることがわかった。分化した隕石や地球の地殻物質はこの直線上には載らないことから,本研究に用いた試料は未分化な隕石物質であり,かつ,コンドライト質隕石から分離した球粒試料と非常に似た組成を持つことが分かった。この球粒試料はコンドライト質隕石のなかでもより分化の程度の低い隕石から分離されたものであることから,分析したイトカワ試料はそのようなより未分化なコンドライト質と同様の物質であることが分かった。

 上記の通り,分析したイトカワ試料にコバルトやニッケルに加えて,イリジウムが定量できた。その含有量は約30フェムトグラム(30 x 10-15 g)で,中性子放射化分析の分析感度の高いことが分かる。イリジウムはニッケルやコバルトに比べてより金属に入りやすく,地球のように一度溶融して金属とケイ酸塩が分離した天体ではこれらの元素間で分別が起こる。一方,コンドライト隕石はその様な溶融を経験していないので元素間に分別がない。しかしながら,今回分析した試料のコバルト,ニッケル,イリジウムの元素組成を詳細に調べると, Ir/Ni比,Ir/Co比がコンドライト隕石の持つ値よりも約5倍小さいことが分かった。これら3元素間の分別はより未分化なコンドライト質隕石中の球粒でもみつかっており,ニッケル,コバルト組成比が示した事実と整合する。このような元素分別が起こる可能性として,太陽系生成最初期に起こった元素の凝縮過程に求めることができる。即ち,この粒子は太陽系最初期に起こった元素の分別過程を保存しているということが分かった。

(研究の波及効果)
 今回のはやぶさ試料の分析によって,はやぶさ探査機が小惑星イトカワでの試料採取に成功し,かつ,それを地球に持ち帰ったことが証明された。その試料を分析した結果,太陽系の始原物質として知られているコンドライト質隕石と同じ元素組成を持つことがわかった。これまで,太陽系の生成過程やその後の初期分化過程を研究するために隕石試料が用いられてきたが,隕石試料がどこから飛来したかということを示す直接的な証拠は得られていなかった。この度のはやぶさ探査機の持ち帰った試料の分析によって,我々は初めてその直接的な証拠を手に入れることができたことになり,はやぶさ惑星探査計画が成し遂げた成果に,また一つ大きな偉業が付け加えられることになった。