▼ 木村純一会員らの成果がNature Geoscienceにて発表されました

古代に沈み込んだ海洋スラブによる中国下部のマントル含水化
Intensive hydration of the mantle transition zone beneath China caused by ancient slab stagnation

栗谷豪(東北大学・大阪市立大学),大谷栄治(東北大学),木村純一(海洋研究開発機構)

Nature Geoscience 4, 713-716 (2011) doi:10.1038/ngeo1250
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内容紹介:

(概要)
 マントル遷移層は地球内部の上部マントルと下部マントルの境界部に位置し、深さ約410 kmから660 kmの間に存在しています。マントル遷移層が地球内部における重要な水の貯蔵庫となっている可能性については20年以上前から指摘され、また実際に水を含んだマントル遷移層が全球規模で局所的に存在していることが分かっていましたが、どのくらいの期間、水の貯蔵庫として存在し続けているのかについては明らかにされていませんでした。本研究では、特にたくさんの水が存在することが推定されている中国北東部下のマントル遷移層に着目し、直上の火山岩の化学組成について、詳細な解析を行いました。その結果、10億年以上前の原生代に沈み込んだ海洋プレートからマントル遷移層に水が供給され、そしてそれ以降、このマントル遷移層が水の貯蔵庫として安定に存在し続けていたことが明らかになりました。

(研究の背景)
 中央海嶺で生成した海洋プレートは、海洋底での移動を経てプレート境界部から地球内部に沈み込み、そしてあるものはマントル遷移層に長時間滞留します。沈み込む海洋プレートは、その表層部が海洋との反応によって含水化しているため、相当量の水を含んでいます。この水の大部分は、比較的浅い場所で上部マントルに放出されますが、一部の水は沈み込むプレートとともにマントル遷移層にまで持ち込まれ、マントル遷移層に放出されます。マントル遷移層を主に構成する鉱物には、上部マントルや下部マントルを主に構成する鉱物に比べ、多量の水を含みうることが高温高圧実験によって明らかにされており、マントル遷移層は地球内部の重要な水の貯蔵庫であると考えられています。また実際に、水に富んだマントル遷移層が、全球規模で局所的に存在していることが地球物理学的観測によって明らかにされています。しかしながら、マントル遷移層の物質を直接手に入れることは極めて困難であることから、このような「水の貯蔵庫」がどのくらいの期間存在し続けているのかについて、明らかにされていませんでした。

 中国北東部の地下に存在するマントル遷移層には多くの水が含まれていることが、地球物理学的観測によって明らかにされています。また、マントル遷移層には沈み込んだ太平洋プレートが滞留し、そしてマントル遷移層からマントル上昇流が立ち上がっている様子が、地震波トモグラフィ解析によって明らかにされています。そこで、マントル遷移層に由来する物質の化学的特徴を探るため、マントル上昇流の直上付近に分布する火山岩について、化学組成を詳細に解析しました。

 その結果、マントル遷移層に由来する物質はBa/Th比やPb/U比が顕著に高いことがわかりました。このことから、遷移層まで沈み込んだ海洋プレートに含まれていたK-hollanditeとよばれる鉱物が、プレートから放出された水によって分解したことが示唆されました。また、遷移層に由来する物質の鉛同位体比を説明するためには、現在沈み込んでいる太平洋プレートだけでなく、10億年以上前の原生代に沈み込んだ海洋プレートに由来する物質の関与が必要であること、そして原生代に含水化した遷移層は、周囲と相互作用をすることなく存在し続ける必要があったことがわかりました。これらのことから、(1)中国北東部下のマントル遷移層が特に水に富んでいるのは、現在の太平洋プレートと原生代に沈み込んだ海洋プレートの両方から水が供給されていたためであること、そして(2)原生代に水を固定したマントル遷移層は、10億年以上もの長い間、地球内部の水の貯蔵庫として安定に存在していたこと、が明らかになりました。

(波及効果と今後の展開)
 地球内部には、地表の海水の数倍もの水が貯蔵できると考えられ、そしてマントル遷移層はその中でも最も重要な水の貯蔵庫であると考えられています。現在、地球物理学的観測によって、地球内部の水の分布の様子を直接的に明らかにする研究が進められていますが、それらの手法によって知ることができるのは、現在の状態に限られます。しかし本研究によって、マントル遷移層の水の貯蔵庫としての履歴に時間軸を挿入することが可能であることが示されました。今後は、世界各地の適切に選択された火山岩を対象に、同様の手法で研究を進めることにより、「水の惑星」としての地球の進化について、さらに定量的・実証的な理解が進められるようになると期待されます。