■北海道大学大学院理学研究院 自然史科学専攻 宇宙化学研究室
坂本 直哉
今回は、圦本尚義教授が主宰する宇宙化学研究室を、博士後期課程3年に在籍する筆者の視点から紹介させて頂きます。宇宙化学研究室は、北海道大学 大学院理学研究院 自然史科学部門 地球惑星システム科学分野に所属しています。構成員は、圦本尚義教授、伊藤正一助教、大学院生4名、学部生1名に秘書さんを加えた計8名です(2007年7月現在)。2005年に東京工業大学から北海道大学へと、合計10トンを超す巨大な装置群と共に移ってきました。移設には様々な困難を伴いましたが、現在は装置、学生共にフル稼働しています。
最も巨大な装置は同位体顕微鏡です(図1)。これは、試料表面の同位体分布を3次元的に可視化する装置で、投影型二次イオン質量分析計(stigmatic-SIMS, ims-1270)と二次元イオン検出器(SCAPS)で構成されています。SCAPSは、イオンを直接検出できる35万個の画素を二次元的に配列した撮像素子で、2001年に本研究室を卒業された永島さんと国広さんを中心として、研究室で独自に開発した同位体顕微鏡の心臓部です。宇宙化学研究室の根底にある、「これまでにない新しい情報を得るために、新しい分析手法や装置の開発を行う」という姿勢は、四苦八苦しながらもSCAPSを開発してきた先輩方の姿を見て培われてきたように思います。そして同位体顕微鏡はいま、私たちの研究のもっとも基本的な装置となっていると同時に、北大創成科学共同研究機構のオープンファシリティとして、共同利用できるようになっています。同位体顕微鏡の他に、二次イオン質量分析計(ims-3f)、光干渉式表面粗さ計、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)が設置されています。
これまでは、主に隕石を対象として、太陽系以外の星で形成したと考えられる先太陽系物質の探索や、初期太陽系形成過程における酸素同位体不均一の解明などに取り組んできました。天然試料は、同位体比の存在度が106桁を超えるレンジに分布しているにも関わらず、その変動は一般に%オーダー未満なので、学生たちは同位体比分析の困難さに苦しんできました。しかし、一歩引いて周りを見渡しますと、隕石を相手に鍛えてきた同位体分析技術が、実に広い分野に応用できる可能性がある事に驚かされます。例えば、化学的性質の同じ同位元素は、標識分子として試料内の場をほとんど乱さない最高のトレーサーであり、同位体比イメージングを行う事で、新しい材料の設計や生体内での物質の動きを追う事などへの活用が期待されます。元々は宇宙が好きな人間の集まりですが、現在は宇宙化学だけでなく、同位体顕微鏡を用いて可能なあらゆる分野に研究の裾野を広げていく過渡期であるように感じています。
セミナーは、週一回、研究の進捗状況の報告と、個人ではなかなか勉強しない本の輪読を行っています。理論や実験系の研究室の方との距離が非常に近く、セミナーに参加して頂いたり、有用な助言を頂いたりと大変勉強になっています。装置の使用方法は、新入生には院生がついて教えますが、基本的に他の人の実験を見て分析技術を覚えるという、昔の商家や職人のような気風が残っているように思います。装置の修理のときなどは、カメラ片手に中の仕組みを知ろうと頑張っています。また、すぐ手に取れるような備品の配置を考えたり、掃除の仕方に苦心するなど、整理整頓や掃除を大事にしているのも研究室の特徴です。
えらく苦しそうな研究室だという印象を与えるかも知れませんが、実際は結構楽しんでやっています。クリーンルームのある創成棟の横では、牛がのんびりと鳴いて分析に疲れた私たちを癒してくれますし(図2)、北大内のポプラや白樺、銀杏並木は最高の避暑地にいる事を実感させてくれます。また、良質の温泉もあり、冬はスキーに行ってパウダースノーを満喫できるし(図3)、新鮮で安い食べ物が一杯で何を食べてもおいしい(図4)。なにより、同位体顕微鏡で分析していて、「さぁ、何が出るかな?」とデータ処理するときの期待感や思い通りの結果が出たときの充実感、予想外の発見に対する驚きは何物にも代え難いものです。私も含め、おそらく学生たちはその喜びを味わう為に研究を続けているのではないでしょうか。北海道にお越しの際は、このようなエキサイティングな研究室に是非お立ち寄り下さい。