■東京大学海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野

寺西源太

 第9回の「院生による研究室紹介」は修士課程である筆者の視点で,筆者の所属する「東京大学海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野」についての紹介を致します。
 東京大学海洋研海洋化学部門海洋無機化学分野は,蒲生俊敬教授,小畑元准教授,中山典子助教の3名の教員と,博士1名,修士2名の大学院生,事務補佐員の長谷川さん,そして技術補佐員の堤眞さんの8名で構成されています。

 われわれ,通称「無機化学分野」は,その名の通り,海洋に溶存する無機物質の循環過程の解明を大きな目標としており,「研究船による海洋フィールドでの観測・試料採取」と「新たなサンプリング技術と化学成分分析法の開発」の両輪で研究を推進しています。
 しかし何と言っても特徴的なことは,豊富な研究航海の機会です。これは,「自分で正しく採取した試料でなければ,データは信頼しない」(蒲生:日本地球化学学会賞受賞記念論文より抜粋)という信念に基づいています。2007年度を例に取りますと,無機化学分野に参加したばかりの筆者が3回乗船しているのをはじめ,蒲生教授以下6名全員が2回以上の乗船をしています。年度によっては100日を越える長期航海に出ることもあり,2008年度には無機化学分野が中心となった学術研究船「白鳳丸」によるインド洋での長期航海が予定されています。

 航海というと,ひどい船酔い,携帯やネットが使えない,彼女に会えない(まぁ,ボクにはいないんですけどね……。)といったつらい側面を想像しがちです。しかし,見渡す限りに広がる青い海と空を見ながら研究が出来るというのは,やはり海洋研究の大きな魅力です。360度見渡す限りの水平線から昇ってくる朝日,沈んでいく夕日,海に映る月と満天の星空など,陸地では決して味わうことのできないダイナミックな景色は格別です。また,研究航海では異分野の研究者との乗り合いになることが多く,研究分野や年齢を超えた友情の輪が広がり,非常に楽しく有意義な乗船生活となります。船内では作業の合間を縫うように飲み会が行われ,寄港地では乗船仲間たちと町にくりだし,ちょっとした旅行気分も味わえます。
 無機化学分野は,全海洋における微量元素の濃度およびその同位体組成の三次元分布を明らかにするべく,直近の5年間に限定しても,太平洋・インド洋・南極海・日本海など様々な海で観測を行っています。

 また,海洋に存在する物質の収支を考察する上で重要な,周辺環境とのインターフェースにおける物質のやりとりにも興味を持って取り組んでいます。地下深部と海洋の間の物質交換過程である海底熱水活動には,日本熱水化学チームの総本山(?)として,特に力を入れています。
 インド洋の海底,三つの中央海嶺が交わるロドリゲス三重点近傍の熱水活動域「かいれいフィールド」については,熱水活動の兆候の捕捉,入念な探査,そして発見に至るすべての過程で,無機化学分野が関わっています。この「かいれいフィールド」調査に関する話は,蒲生教授のweb site に「海底温泉発見の瞬間」というコラムとして,当時の様子や活躍した人物,使用した機器などが詳細に書かれていますので,ぜひご一読ください。また,2006年12月に行われた白鳳丸のインド洋航海(KH―06―4)では,新たに二つの熱水活動の兆候を捕捉しました。このうちの一つは,これまでにない化学的特徴を示しており,今後の潜航調査による熱水噴出口の発見が楽しみです。

 先に「無機物質」と書きましたが,対象は非常に多岐にわたります。現在分析しているものだけでも,酸素や水素といった気体分子,鉄やアルミニウムといった金属元素,希土類元素などがあり,さらにこれらの安定同位体組成や放射性同位体組成についても分析を行っています。使用する分析機器はICP-MS(PMS2000・HP 4500),TIMS ( MAT 262), CF-IRMS(DELTA PLUS XP),CSV,ガスクロマトグラフィー(島津GC14B,ヤナコTRD―1),a線カウンターなど,多種多彩です。これらの機器を用いた新たな分析法を開発し,測定したい元素があれば測定できるようにする,このことは私が研究室に入って一番驚いたことです。
 日常生活についてお話しますと,毎週水曜の朝にはコロキウムがあります。植松光夫教授,佐野有司教授,天川裕史准教授の研究室と合同で開催される文献紹介形式のコロキウムでは,それぞれの研究室の興味を反映した幅広い領域の論文が取り上げられていて,とても勉強になります。といっても,実際は話についていくのがやっとなのですが……。

 海洋研究所は,東京大学ではあるものの独立したキャンパス(?)であるため,生協や学食がありません。このため,昼食の際はコンビニでお弁当を買い,部屋で雑談をしながら食べることが多いです。また,海洋研究所は部活動が充実しており,サッカーや野球,テニスを多くの人が楽しんでいます。無機化学分野では堤さんが,365日昼夜を問わず,テニス部で体を動かしてリフレッシュしています。また今年度の所内対抗ソフトボール大会においては,敗者復活戦を勝ち上がり3位に入る健闘を見せました。毎日17時頃には無機化学分野伝統(?)のお茶タイムが始まります。多忙を極める先生がたも時間の許す限り参加され,時に研究の話を,大抵は他愛もない世間話をして和やかに過ごしています。
 以上,簡単ではありますが,無機化学分野の説明をさせていただきました。しかし,どれだけ書き綴ったところで,百聞は一見にしかず,です。東京にお越しになられた際はぜひ,われらが無機化学分野にお立ち寄りください。希望があれば海洋研案内ツアーも実施しております。さらに詳しい研究室についての情報はHP(http://co.ori.u-tokyo.ac.jp/micg/index.html)をご覧ください。