■富山大学大学院理工学教育部生物圏環境科学専攻環境化学計測第二講座

萩原崇史
 第11回目の「大学院生による研究室紹介」は,富山大学大学院理工学教育部生物圏環境科学専攻修士課程2年の萩原崇史(はぎわらたかし)が担当致します。

 環境化学計測第二講座は現在,佐竹洋教授,張勁教授の教員2名と技術研究員2名,事務補佐員1名,大学院生14名(博士課程3名,修士課程11名),学部生5名,特別研究生1名の合計25名が在籍しています。構成員には,カメルーン,中国,ネパール,バングラディッシュからの5名もおり,国際的です。また,理学部客員教授として,日下部実岡山大学名誉教授もしばしば研究室にコミットされています。

 私たちの研究室は,主に地球上の「水」を"地球化学"しており,陸組(佐竹)は陸水を中心に,海組(張)は海洋を中心に,地球環境とその変動の把握や汚染状況等の影響評価を研究しています。

 まず当研究室の測定装置ですが,主力は安定同位体(PRISM マイクロマス社製)と誘導結合型プラズマ質量分析計(ICP-MS, ELEMENTⅡ サーモエレクトロン社製;Aridus 脱溶媒装置CETAC 連接)です。現在,PRISM はδD,δ18O,δ15N,δ13C,δ34S,δ37Clの6種類の同位体組成の計測が可能です。これらの同位体比測定には,それぞれに適した真空ラインを用いた試料精製装置を必要とします。私たちは先生方の指導の元でそれぞれのラインを自作し,試料の分析に臨んでおります。一方ICP-MS は,現在進行中の国際海洋生物地球化学プロジェクト「GEOTRACES」にも使用されています。海水中の微量元素は極めて低濃度である為,コンタミネーションが起こる可能性が高く,ICP-MS はクリーンルームに設置されています。また,測定までの試料の前処理にあたり,容器や器具の洗浄は最低でも3日間かけています。このほかにはイオンクロマトグラフ(Metrohm 社製5台・東ソー社製1台)やガスクロマトグラフ(Shimadzu 社製2台),蛍光光度計(Turner 社製),自動滴定装置(Metrohm 社製)などがあります。

 研究内容に関して陸組では,北陸近辺の降水や積雪,地下水,河川水,温泉水などを対象に,化学的・同位体的研究を行っています。降水や積雪の調査は10年以上にわたって継続的に行われており,大陸から輸送される物質が北陸の環境にどのような影響を与え,過去から現在までどう変遷しているかを解明しています。また,地下水や温泉について,同位体組成や化学成分から,それらの起源や地下深部の状態について研究しています。最近では,地下水年代の推定に用いられるCFCs の測定装置を導入し,より正確な地下水の挙動解明に努めています。また,窒素同位体組成の測定には従来の前処理法を改良し,より簡便な測定法の確立も試みています。

 一方海組では,世界中の大洋や縁辺海における大気,海水,海底堆積物中の物質を対象に,それらの化学的・同位体的研究を行っています。特に,重点的に調査を行っている日本海は世界海洋のミニチュア版と呼ばれ,地球規模の気候変化に敏感に反応することから,日本海の海水循環や変動を詳細に観測・解析することで,地球温暖化へのフィードバックに関する機構が解明されると期待されています。また,炭素・窒素同位体比を用いて深海底に生息する生物の生態や深層海流との関係,植物プランクトンの分布と栄養塩供給・その変動に関する研究や,酸素同位体比・微量元素濃度を用いてベーリング海における円石藻大量発生のメカニズム解明の研究なども行っています。

 研究テーマについて,自分たちの最も探究したい課題を思案し,研究実行に最適な観測内容・計画や測定機器の選定を指導教員からの助言をいただきながら,自分たちで策定することも当研究室の特徴の一つです。まず第一は,「自分の試料は自分で採取すること」が基本となっています。これは,試料が,いつ,どこで,どのように採取され,どんな状態で保管されたかが,のちの結果の考察に必須だからです。自ら試料採取の場所を選定し,必要に応じて行政部署,企業や個人宅にお邪魔をして手続きや交渉などをすることも重要です。ある学生は3月の霊峰立山で深さ十数mもある積雪を層別に採取したり,また,ある学生はその立山山麓の魚津・黒部沖の海底水深数十mのところで湧出している地下水を自ら潜水して採取します。

 私のことを例に挙げますと,私の卒業論文のテーマは「沿岸域における海底地下水湧出量測定法の開発と片貝川扇状地沖でのアプローチ」でした。この研究の現地条件に合う適切な測定方法や機器がなく,一からその測定法を模索し,その完成に3年の時間を費やしました。開発途中で成功するのか不安もありましたが,測定法の理論を導き出し,現場に合った方法を確立させ,測定機器を完成させたときの喜びや,得られた自信は何事にも代えがたい感動となりました。正直言って,研究室に配属されると,はじめのうちはかなり大変で,毎日が修羅場のようでした。しかし,卒業していった先輩方からは,「社会人になったときに大きな財産になった」と良く聞いております。

 週に1回のセミナーでは,各々の研究内容に沿った論文紹介などが行われております。様々な研究分野に関する勉強ができ,自分らの研究に生かそうと異なった観点からの質問も多く出され,熱く切磋琢磨し合っています。

 また,私たちはアウトリーチにも積極的に携わっています。2002年以降(本年度で通算十数回),毎年の夏に行われる富山県教育委員会主催の「日本海ゆめ航海海洋探検教室」では,海や環境に興味・関心のある小学生親子と一緒に富山県立高等学校実習船「雄山丸」に乗船し,海洋環境について理解を深める学習に張先生の補助として参加しています。さらに,中・高等学校での出前授業や,大学のオープンキャンパスにも参加しています。2008年には,新湊漁業協同組合主催の「新湊白えび,カニかに海鮮まつり」にも当研究室の学生が主体となって参画しました。このまつりは新湊漁協の方々が地元の特産物を紹介するために開催しているものですが,私たちが普段から海洋生物試料の入手にお世話になっている漁協の要請に応じ,研究室を挙げて総勢30名が展示会場を設けて,二日間かけて来客に私たちの研究成果や富山の環境の素晴らしさを分かりやすく発表・説明しました。この活動を通して私たちの研究を,多くの方々に知ってもらうことができました。

 最後になりましたが,昨年は特筆すべきことがありました。それは2008年11月,富山大学において「国際GEOTRACES 計画富山サミット」を開催したことです。このサミットでは世界13カ国より各国の著名な海洋学者たち全24名(日本からは現日本地球化学会長の蒲生俊敬教授と張勁教授が参加)が富山に集まり,今後十数年間において世界7つの大洋を調査する国際GEOTRACES 計画の運営などについて議論されました。私たち研究室のメンバー全員が一丸となってサポートし,成功裏に終えることができました。これを機に研究室のまとまりが更に高まって,一人一人の国際性が増し,大学(院)生としての成長にも大きな成果を得ることができました。

 まだまだ紹介しきれないこともたくさんありますので,私たちの研究室に興味を持っていただいた方は,こちらのWeb サイトhttp://kureha.sci.u-toyama.ac.jp/~kanka2/index.html をご覧下さい。