■首都大学東京大学院理工学研究科分子物質化学専攻宇宙化学研究室
 (海老原充教授)


首都大学東京大学院理工学研究科
分子物質化学専攻宇宙化学研究室
博士後期課程1年日高義浩

 第19回となります,「院生による研究室紹介」,今回 は首都大学東京大学院理工学研究科分子物質化学専攻 宇宙化学研究室(海老原研究室)の紹介をさせていた だきます。

 海老原研究室は現在,海老原充教授,大浦泰嗣準教 授,白井直樹助教の3名のスタッフと,大学院生9名 (博士過程2名,修士課程7名),学部生4名の計16 名で構成されています。(といってもすぐ4月には入 れ替わりがあるのですが……)(写真1)

 海老原研究室の特徴の一つとして,「化学科」に所 属する研究室である,ということが挙げられると思い ます。これは,海老原研究室が宇宙・地球化学の研究 室であると同時に,放射化分析を主体とした分析化学 系の研究室である,という面も強く持っていることを 反映しています。そのため,学生の中にも,宇宙につ いて興味があるものから,放射化学や分析化学に興味 があるものといった様々な興味を持った人間が在籍し ています。
 また,放射化学関係の繋がりからは,マレーシアや バングラデシュ,フィリピンといった主にアジアの 国々からの留学生の受け入れも行っており,現在もバ ングラデシュからの留学生1名が博士課程に在籍して います。

 研究室の特徴としてもうひとつ,放射化分析が可能 である,という点も大きな特徴といえると思います。 というのも,放射化された物質を扱うことはそれ専用 の設備と人材が必要とされ,どこでも,誰でもが行う ことができるものではないからです。首都大学東京に は放射化された物質を扱う専用の実験棟,RI 棟がお かれており,その中には海老原研究室所有のGe 半導 体検出器もおかれています(写真2)。このRI 棟と, 放射線検出器があることにより,研究室での種々の放 射化分析法が可能となっています。放射化分析は岩石 や隕石などの宇宙・地球化学的試料の全岩元素組成を 測定することにも非常に適した分析法であるため,研 究室で用いる分析法の中でも重要な位置を占めていま す。

 海老原研究室では主に上記の放射化分析法を用いた 岩石・隕石試料の全岩化学分析を行っているのです が,海老原先生付きと大浦先生付きで,学生の研究 テーマを大きく二つに分けることができます。海老原 先生側では,特に希土類元素(REE),白金族元素 (PGE),(宇宙化学的)揮発性元素(Zn,Cd,In,Tl, Pb,Bi)といった微量元素群に注目し,隕石やその母 天体の形成や進化について明らかにしていこうとして います。

 例えば希土類元素では,親石性元素であることと, 元素同士の化学的特徴が極めて似ていながら鉱物相中 への分配挙動が系統的に異なる,という特徴がありま す。それらの特徴から,希土類元素存在度はケイ酸塩 を主成分とした岩石・隕石の形成過程を知る手がかり として有用です。また,白金族元素は親鉄性の極めて 強い元素群であり,地球のようなコアーマントル間の 分化を起こした天体表層(ケイ酸塩層)にはほとんど 存在しません。反対に,地球上で見つかる隕石の多く を占める,コンドライトと呼ばれる未分化の物質,あ るいはほぼ全量がFe-Ni の金属からなる鉄隕石中に は分化した天体の表層試料の実に数千倍以上の濃度で 存在しています。この大きな存在度の差から,白金族 元素は地球や月,分化した小惑星表層での天体衝突イ ベントがどのようなものであったか,という手がかり を得るための良い指標となります。さらに揮発性元素 では,特に太陽系初期の星雲ガスの凝縮やその後の熱 変成といった現象と元素組成との関連の解明を期待 し,分析法の開発を行ってきました。昨年開発が一段 落し,これから実試料への適用が期待されています。

 大浦先生側では,36Cl,41Ca といった宇宙線生成核 種と呼ばれる核種に注目した研究を主に行っていて, 対象の性質上,やや放射化学的な面が強くなっていま す。これら36Cl,41Ca といった宇宙線生成核種は文字 通り宇宙線と隕石物質との相互作用である核反応によ り生成するものであり,その量から隕石の宇宙空間や 地球上での滞在時間,大気圏突入前の隕石の大きさ, などを推定することができます。これらの情報は,隕 石のペアリングを考える場合に特に重要になってきま す。

 これらの元素・元素群や核種を定量するための分析 手法として,上に挙げた放射化分析法に加えて,誘導 結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)・発行分光分析 法(ICP-AES)(写真3,4),加速器質量分析法 (AMS)などを用いて実験を行っています。放射化 分析では日本原子力研究開発機構(JAEA)や京都大 学,東北大学といった研究機関の原子炉や加速器,加 速器質量分析では筑波大学の加速器といった大型の実 験設備を利用させていただいています(お泊まり実験 なんかもありますよ)。
 また,最近ではなんと,京都大学原子炉実験所の関 本俊助教と共同で「はやぶさ」回収試料の初期分析も 担当しており,その中でも最大級の大きさの試料の放 射化分析を行ったりもしているそうです(なぜ伝聞か というと,私たち学生は直接「はやぶさ」の実験には 関われていないからです。残念……)。

 ところで,隕石の研究をするためにはどこかで隕石 を入手してこなければなりません。とは言っても自然 に落ちてくるのを待っていても望み薄な上,主な隕石 の回収場所は砂漠や南極などの厳しい環境下のものが ほとんどであり,探しにいくのは大変です。そんな貴 重な隕石試料を提供してくださっているのが国立極地 研究所の山口亮助教です(拍手!)。山口助教には共 同研究という形での試料の配分をしていただいてお り,また,鉱物学・岩石学といった学問に明るくない 私たちに貴重な助言をしていただいたりもしていま す。また,鉱物観察などの実験を行う場合には,極地 研の設備をお借りさせてもいただいています。

 このように大型の実験設備の利用や試料の入手の面 から,複数の研究室・研究機関との関わりがあること も海老原研究室の一つの特徴ではないでしょうか。 研究室では週に一回セミナーが開かれており,学生 が文献の紹介や研究の進捗の報告を行っています。宇 宙化学の分野も対象,実験方法が多岐に渡ることか ら,それぞれの学生のテーマについても様々なものが あり,良い勉強になっています。その他にも今年度は 海外の研究者を呼んで研究紹介をしていただいて,こ ちらも各自の研究を英語で紹介したり,通常のセミ ナーでの発表を英語で行うなどといった取り組みも行 われました。

 最後になりましたが,当研究室に興味を持たれた 方,特に大学院進学を考える際に,宇宙へのロマンは あるけど理系科目は化学以外は少し苦手だ,というよ うな方(あんまりいない?)がいましたらぜひ当研究 室に足を運んでみてください。お待ちしております。